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2024年1月10日 (水)

謎解きの旅の着地点

いよいよ今週の日曜日になりました!

菅野 潤先生を特別ゲストにお招きしての

「モーツァルトとドビュッシー音楽の旅」

1/14(日)1400 つくばのアルスホールで開演です。

 

演奏会情報 https://teket.jp/8104/27993

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菅野先生とは、5年前の9月に同じホールで私の恩師渡邊篤子先生と

ピアノトリオを演奏していただいてからご縁をいただきました。

貴重な学びを、菅野先生、渡邊先生に深く感謝申し上げます。

 

 

プログラム前半はオールモーツァルト。

20歳で就職活動のために訪れたパリで初めての挫折を味わい、

さらに母を亡くしたモーツァルトの心情が伝わってくるKV304のソナタから

プログラムは始まります。

 

対して次の、モーツァルトが社会的大成功を得た時期に書かれた変奏曲KV455と、

ヴァイオリンとピアノが初めて対等に書かれたKV454のソナタからは、

モーツァルトの笑顔と幸せが聴こえてきます。

彼の幸せの絶頂期です。

 

休憩の後の1曲目は、若くして亡くなったリリー・ブーランジェが遺してくれた

一輪の花のように美しいヴァイオリンとピアノのための「ノクターン」 。

二人の作曲家の時代をつなぐ位置に咲かせたいと思います。

 

後半はドビュッシーの世界。

若き日の彼が書いた4手のためのピアノ作品をヴァイオリンとピアノに編曲した「小舟にて」は幸福感に満ちた時間。

そしてドビュッシーの重要なピアノ作品「前奏曲集第2巻」から抜粋して菅野先生に演奏していただきます。

プログラムのラストは、ドビュッシーの人生最後のヴァイオリンとピアノのためのソナタ。

 

幸せと悲しみの両極端がギュッと詰まった作品たちの中で、

彼らの人生の一部を凝縮してご一緒に音楽で追体験できたらと願っております。

 

 

モーツァルトは、菅野先生の生き生きとした音楽の中で一緒に弾かせていただくと、

優しさやワクワク感でとても幸せな気持ちになります。(KV454

お客様にもその幸せを分かち合えればと思います。

先生がソロで弾いてくださるKV455 の変奏曲もとても華やかで楽しい作品です。

菅野先生の極上の美音が奏でるモーツァルトの至福の時間をお楽しみください。

 

 

小品2曲の後、

後半のドビュッシーはなかなか重い作品ですが、

まずは菅野先生のソロでドビュッシー晩年の世界に導いていただきます。

 

私はなぜ自分がこのヴァイオリンソナタに惹かれるのかの意味がようやく分かってきました。

楽譜を読んでるだけでは解釈は幾通りにでもできるので、

これ!とは言いがたいのです。

 

それが研究者が書いた書籍を読むことで、新たな視点というヒントが得られます。

もちろんそこには書いた人の主観、好みが反映されていますが、

いくつか読んでいる中で自分の感覚に合ったものに出会えます。

今回菅野先生が教えて下さったジャンケレヴィッチの「ドビュッシー生と死の音楽」に

非常にインスピレーションを掻き立てられました。

最後まで読めないまま本番を迎えてしまいそうですが、

参考書籍のおかげで自分なりの作品像が見えてきました。

そして何より、世界の名手と共演なさってこられた菅野先生の音楽から、

作品の本質が聴こえてくるからです。

 

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今まで弾いてもいつも謎が残ったままでした。

気分がコロコロ変わり、支離滅裂に感じるドビュッシーのヴァイオリンソナタ。

単純に切れ味鋭くかっこいいと思った若い頃。

おどろおどろしい箇所があったり、私の精神世界とは相いれないものが多々あるのに、

なぜ惹かれるのか が長年の疑問でした。

惹かれるからには理由があるはずだから。

そこを探るのはまだ見ぬ自分に出会うためでもあったと思います。

 

 

昨年、ある二人の方とフランクルの「夜と霧」について少し話をしたことがありました。

ナチスドイツの強制収容所体験を描いた精神科医のヴィクトール・フランクル。

ドビュッシーもヴァイオリンソナタを書いたときは第一次世界大戦中で、

さらに直腸癌に侵され、石炭を買えずに寒さにも凍えて、まさに極限状態でした。

ユダヤ人強制収容所はこの世の地獄の最たるものの一つでしょう。

けれども、ドビュッシーが体験した戦時下での死の病も

彼にとってはそれに等しい、それ以上の苦しい体験であったではないかと想像しています。

 

フランクルの「夜と霧」の中に

一日の労働を終えて足を引きずって収容所に戻る囚人たちの中の一人が、

後ろを振り返ってその日の夕日を指してこういう場面があります。

「おい見ろよ!世界はなんて美しいんだ!」

 

これに出会ったのは15歳の時でしたが、

当時の私は、いいえ今の私も驚き、感動で震えてしまいます。

極限状態にある人が、世界の美しさに目を向ける。

そしてそれを人と分かち合おうとする。

人間ってそんな生き物なんだ!と。

それと同じものをこのソナタに感じたのだと。

 

ドビュッシーのソナタの終楽章の初稿については作曲者本人が

「この恐ろしい終楽章を徹底的に手直ししなければならなかったのです。

あまりに周囲の不安を反映させ過ぎています」と出版社デュラン宛の手紙に書いています。

 

しかし、

「音楽とは、ある自由なもの、どこにでもあって、窮屈なところは何もなく、

とりわけ紙の上にはないものです!そこにはたくさんの喜びを入れなければなりません」

という作曲信条を彼は持っており、

終楽章は何度も何度も書き直され、その後

「やっと ヴァイオリンとピアノのためのソナタ を終えました!

人間的な対比の精神によって、それが爆発するような喜びに満ちています」と

友人への手紙に綴っています。

 

この言葉はもちろん以前から知っていました。

でもそれは皮肉屋なドビュッシーの反対言葉、

本心の裏返しなのかな?と考えていたのですが、

いや違いました。

私は彼のことがわかっていなかった。

 

いえ、実際彼は逆説、虚無の工場、下降していくもの、そしてアッシャー家の中に住んでいた人。

モーツァルトが昼の音楽 陽としたら、

ドビュッシーは夜の音楽 陰の世界。

陰は極まると陽に転ずるのが自然の摂理。

彼は行きつくところまで行って、

最後の作品で思いがけないものが出来上がってしまったと考えてもいいのでは。

 

作品は妻のエンマに捧げられました。

作曲中は苦しんだにせよ、

作品を創造すること自体、その苦しみさえも喜びとしたのではないかと今思っています。

私なりの解釈ですが、

極限状態にある人間が、どんな状況の中にも喜びや美を見つける力があるという奇跡を

フランクルの「夜と霧」とドビュッシーのソナタに見ています。

 

ここに行きついたのはこの4年、娘の重いてんかん発作に悩み、

私も娘と共に大変な思いをしたからであり、

それであっても起きることべてを自分事として引き受けるという心境に至ったからです。

もちろん、今までも受け入れてきました。

でも、今までの仕方ないからという姿勢ではなく、

ここから学ぶために引き受けるという積極的な姿勢への転換を得たのが昨年の秋。

私もドビュッシーやモーツァルトのソナタを学ぶことで、

成長できたのかもしれません。

偉大な作曲家の作品にはそんな力もあると思います。

 

今年はお正月から大災害に見舞われ、ごく普通の日常がいつ崩れるかわからない

不安定な中に立っていることを誰もが感じました。

それでも私たちは生きて行きます。

作曲家が遺してくれた素晴らしい作品に励まされながら。

 

名曲にはその時の作曲家の喜びや悲しみ強い想いや命の輝きが、

そこに閉じ込めているからこそ後の世まで輝き続けます。

プログラムは劇的な作品で終わるだけでなく、

アンコールまで含めたメッセージをお受け取りいただけると幸いです。

 

素晴らしいピアニストと共演させていただける感謝と、

作曲家への尊敬と、ひとりの人間としての作品への共感とともに演奏したいと思います。

 

ご来場をお待ちしております。

 

演奏会情報 https://teket.jp/8104/27993

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