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2024年1月

2024年1月18日 (木)

愛と希望と勇気の日

 

このブログ、すみません最長記録の長さだと思います。

まずそのことをお伝えして、

今年の主催コンサートを巡って考えたことを記しておきたいと思います。

 

 

主催コンサートの朝、エンジンをかけると

「1月14日。今日は愛と希望と勇気の日」と車から聞こえてきた。

その時とても大きな祝福をいただいたように思った。

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その日は、私がこの何年も夢に見た特別な本番。

だから、そこまでに感じたこと考えたことを言語化しておこうと思う。

言葉にしたいと願うエネルギーが胸の中に渦巻いているから。

自分のために、応援してくださる方にも私が何を感じ、得たのかをお伝えしたいと思う。

 

年を跨いだのでもう五年前ということになる20199月の末

私はお世話になっている渡邊篤子先生と、その紹介者であるチェリスト長明康郎氏のために

感謝のコンサートを企画していた。

私も渡邊先生とのデュオで演奏させていただいたけれども、

三曲目以降は全て先生方にお任せのプログラム。

渡邊先生と長明さんがそれはそれは素晴らしいデュオを聞かせてくださったあと、

休憩を挟んで後半はピアノトリオのプログラム。

そこに先生のご友人である菅野 潤先生がご登場くださった。

 

私はそこで慣れない譜めくりを担当させていただいたのだけれど、

お傍で聴かせていただき、至近距離で体験した菅野先生の今まで聴いたことのない柔らかく音と音楽に

完全に魅了されてしまった。

もう舞い上がるほど!!

 

普通なら共演なんてあり得ない。

実力はもちろん、今まで歩んできた道、住む世界が全く違う方。

ご縁があるはずなんてない。

でも、何かに突き動かされるように無謀にも私は申し込んでしまった。

ほとんど清水の舞台から飛び降りる気持ちで。

そして1週間ほど経って嬉しい承諾のお返事が届いた。

私にあったのはとてつもなく大きな熱意だけだった。

 

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しかし、コロナによって夢の実現は長く阻まれた。

この4年で私が主催できたのは、たったの2回。

毎年1回は開催したい主催コンサート。

年齢を考えるとあと何回できるのか?と数えてしまう貴重な1回1回。

 

 

コロナが始まる直前に娘がてんかん発作で倒れて足首を骨折。

手術入院の間にてんかん発作が激増。

そこからは、コロナも怖かったけれど、

それ以上にてんかん発作の方がずっと怖いと思う日々を過ごした。

コロナで本番はすべてなくなり、練習よりも発作の改善に奔走する日々。

練習は一応していたけれど、頭の中は娘のことでいっぱいで、

ヴァイオリンの感覚はどんどん狂っていった。

 

音程感覚も崩れていく。

自分ではこうだと思って弾いていても、録音で聴くとかなりおかしい。

どうしたらいいの?途方に暮れる。

音程迷子になり、その後ますます弾けなくなり、

歳を取るってこんな風に衰えるのかな、、、、と下を向く日々。

まだそれほど年取っているわけでもないのに。

 

それでも翌年、何とかCDを製作。

2か月入院して全く弾けなかった後のこと。

自分のヴァイオリンに疑心暗鬼の中、とにかくやるだけやるしかなかった。

そのCD録音の前の晩も夜中に発作が起きてその後眠れなくなり、

二晩とも4時間半睡眠で弾いたのだけれど。

 

でも、ノバの素晴らしい響きの中で泉恵さんと音楽ができることには

無上の喜びがあった。

苦しんだ後に意外に何とかできあがってほっとし、

精一杯のことを込めたCD「祈り」はご縁のある方々に喜ばれた。

 

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本番もないので、CDの宣伝も兼ねてYouTubeを始めた。

録音も動画配信も繰り返し聴いていただくためには、何より安定が必要。

いつもの情熱だけで本番をやるようなことでは成り立たない。

とにかく傷なく弾けるように、、、に転換したため、

音楽はどんどん慎重になっていった。

 

よく言えば丁寧で落ち着いている、しかし生き生きとした流れがない音楽。

このスタイルから抜け出せない。

以前弾いた曲もすべて遅くしか弾けない。

頭の回転が遅い、運動神経が鈍っている、これって老化?

 

そんな中でもYouTubeは撮り続け、ましなものを選んで配信を続けながら時々本番も。

しかし、納得いくような本番は皆無。

私もう弾けなくなっていくのかな、、、、。

 

 

そんな中で迎えた今年。

Facebookに菅野先生がベヒシュタインでの公開レッスンのお知らせをアップしてくださった。

それは翌週だというのに、慌て者の私は1か月後なら!と即申し込み、

後で気が付く始末。

まだ初期状態のところを1週間で何とかして、泉恵さんと一緒に初レッスン。

生き生きとした音楽の提案と、間近に聴く先生の音にまたまた感激。

その後の5月の連休明けには個人的にレッスンをお願いし、

泉恵さんと一緒にブラームスの1番のソナタを見ていただく。

 

この後6月頭に2枚目のCD録音のはずが、

まさかの娘の頸椎骨折。

自宅でてんかん発作で転んでしまってのアクシデント。

娘は骨密度が低く、ちょっとしたことで骨折しやすい。

それにしても首だなんて、あり得ない!!!

もうそこからはまたもや娘のことに全力の毎日。

 

幸い手術は成功し、骨も定着して今普通に生活しているけれども、

安全のために娘は基本車いす生活にシフト。

7月のベヒシュタイン公開レッスンで

初めてモーツァルトのKV454 を見ていただいた時は、

退院後20日で入院中しばらく弾いてなかったことや、首が折れたことのショックや、

その後の療養も厳重注意が必要だっため、

エネルギーがとても低い状態での初レッスン。

自分にがっかりする。

 

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小学五年生というものすごく遅い時期にヴァイオリンを始めた私は、

長い間ヴァイオリンに苦手意識を持っていた。

手が小さいけれどとても耳が良いからヴァイオリンに転向したら?と勧められて始めたこの楽器には、

何のイメージも憧れもなかったのに、優等生の私はつい「はい」と言ってしまった。

 

耳が良い子供には初心者のヴァイオリンの音と音程は苦痛でしかない。

練習する気にもなれず、私の子供の頃は動画もないので見本もなく、

レッスンはあるので何となく弾くだけ。

しかし、中3の初夏、当時通っていたキリスト教の女子校の高校に音楽科があったので、

では高校は普通科に行くのか音楽科に行くのか?とそこで考えた時に、

私が一番好きなのは音楽!とわかり音楽の道へ進むことに決めた。

その頃の私は歌うことが一番好きだった。

 

そこから一応ヴァイオリンを毎日2時間半は練習するようになったけれども、

周りはとっくに小さい頃から猛練習していて、

何周も遅れて参戦した者には追いつけるものではない。

そんな中でも練習量を上げて、当時(今も?)最も弦楽器が盛んだった桐朋学園に合格。

周りのすごさに圧倒されながらも、大学時代は仲間と切磋琢磨するのが本当に楽しかった。

 

卒業後はタイミングよく九州交響楽団のオーディションがあり、

また運よく合格。

そこからの4年半も、定期演奏会が終わってからも自宅に戻ると練習して、

その時期もっとも腕を上げたと思う。

 

結婚後はのんびりしていて、一度だけリサイタル開催。

その時にやり残した感じが一番強かったのが、

今回のプログラム1曲目と最後の、KV304 とドビュッシーのソナタ。

巡り合わせのプログラム。

 

さらにその後は長男が生まれ、

長女は重い障害を持って生まれて療育に奔走し、音楽から遠ざかること10年。

その先は皆さんご存じだと思う。

 

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というわけで、いつも私には積み重ねが足りないと感じ続けているヴァイオリンながらも、

学生時代の室内楽の試験が終わって廊下にいたところに、

当時の学長 作曲家の三善晃先生が見知らぬ私の方に歩いてこられ

「あなたすごいね!」と言ってくださって驚いたり、

大学卒業後に師事していたソリストの数住岸子先生が

九響に来られた際に後で「あなただけが輝いていた」とおっしゃってくださったことは、

もしかしたら私には自分でも気が付いていない可能性があるのかしら?と励まされた。

尊敬する先生方からのそれらの言葉は私の中の宝物になって、

諦めないための大きなエネルギーとなった。

上手下手は別として、今はヴァイオリンは私の一番の表現手段だと思っている。

 

 

過去から現在に戻る。

 

その後の去年の夏は異様に暑かったこともあって、

日々ネジで止めている娘の首のことを気にしているストレスもあって、

体調が悪い状態が2か月続き、練習も進まない。

ますます焦る。

いや、会場が取れて本番が現実として近づいてきたとき

力の差をしみじみ実感して憧れでは何ともできない現実に向き合って

怖気づいていたのだと思う。

 

菅野先生にがっかりされたくない、自分の非力さを思い知らされたくない。

なら練習すればいいのに、何かふっきれない。

そんな自分がつくづく嫌だった。

体調改善についてはいろいろ調べて上向きになり(副腎疲労と仮説を立てて対処)、

9月頭から月1で3回のコーチングを受けたことが心をすっきりさせてくれた。

 

コーチングはずいぶん昔に体験してみたことはあるけれど、

どうだったかなあ?くらいの印象。

あの頃はコーチングという言葉が世間で聞かれるようになったばかりの遠い昔。

けれど、その後コーチングの技法は進化していて、

こんがらがった糸をほぐすように伴走してもらえ、

1回目からすごくすっきり感を得る。

 

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さらに夏の不調の頃、

いつもなら来てくださる方のためのコンサートを意識して準備するのが、

今回は菅野先生の音楽とご一緒したい自分に焦点が合い過ぎていて、

私のためのコンサートになっているのがまた、

またエネルギーが上がって来ない要因と自覚する。

人は、私は自分のためだけにでは頑張れない。

 

今の世の中に音楽で愛と希望を伝えたいのに、

ドビュッシーのソナタは難解で暗すぎるというのもどうしたらいいものか、、、、。

ここも悩み、マイナスな方向に気持ちを引っ張られた。

それについての答えは、二つ前のブログ「謎解きの旅の着地点に」に書いた。

なぜこれを今弾きたいのか?苦しみながらも考え続けて、

自分の答えに行きついたことはエネルギーを統合してくれ、

前に進めるとても大きな力になった。

 

 

秋、コンサートのチラシの製作。

私のコンサートではなく、先生をお招きするのに失礼がないようにするにはどうしたらいい??でまた悩む。

悩む、悩む、悩む。ずっとそればかり。

手を付けることさえできない、、、。

世界が違う方にお願いするということは、そういうことなのだと思い知る。

 

画家でウエブデザイナー、イベントプランナーの塙 千佳子さんに

実際のチラシ制作をお願いしていて、

出来上がってきたものは驚くほどイメージにピッタリだった!

彼女は何度もプログラムの音楽を聴いてくださって、イメージに近づけてくれたのだという。

先生も気に入ってくださった。

もうやるしかない!

と、遅かりしながらチラシができた時点で腹が座る。

 

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なので、実際にすべての本格スタートはチラシができてからの2か月半。

そこからの急ダッシュ。

だいたいいつものろのろとやっていて、

最後に急ピッチで垂直に登っていくイメージ。

スイッチが入るまでが遅い。。。

最後は怒涛の毎日。

演奏以外のすべてのことも、こんなにぎりぎりまでかかってしまった。。

 

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想えばこの4年、音楽以外で大変なことがこれでもかとやってきた。

それらを経験して考えて乗り越えることが、私には必要だった。

先生と共演するためには、ぜめて人として成長する必要があった。

今はそう思っている。

 

先生の日常のことは何も知らないけれど、

穏やかに丁寧に人に接してくださり、

素晴らしい音楽を届けてくださるには、

単に練習だけでない人間力が必要だと思う。

 

成功している人を外から眺めるとうらやましく思うのが常だけれども、

誰もその陰の苦労を知ることはない。

ご苦労の数々を乗り越えて、今いらっしゃるのだと思う。

私は実際の練習総時間が足りなさすぎで、

技術は一生かけても追いつけないけれども、

一人の人としての学びは娘のお陰でたくさん機会をいただいている。

私の自信は、娘を支えてきたこと、工夫して改善してきたことの実績から。

それでも事態は刻々と変化するので、

これでよしと思ってもまた課題が新たにやってくる。

 

以前は正直、もう疲れた、この人生を降りたいと心の中で何度も思ったことがある。

これ以上大変な経験はもうしたくない。

しかし、昨年秋気持ちの転換が起こった。

それは本やYouTubeの言葉からヒントを得て、

というよりもその言葉に出会った時に涙が止まらなくなってわかった。

 

「この大変な人生を楽しむ」

 

この境地しかない。

その後起こることはすべて自分事として受け入れ、

どう解釈していくか?が試されていると考えるようになって、

人生が好転してきたと思う。

それはハッピーエンドを意味するのではなく、心構えの話。

起きることは変わっていなくても、受け止める気持ちが違うだけで

景色が違って見えてくる。

 

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1年前に経済評論家勝間和代さんが主宰する「勝間塾」に入り、

この1年で塾内で親しい友達が増えた。

毎朝メールで送られてくる2000字のサポートメールを読み、課題を提出して、

経済、健康、IT,人間関係、ありとあらゆることについて学び切磋琢磨する

活発なオンラインサロン。

仕事も年齢も住む地域もいや国だって違う、ここでしか会えない人たち。

今彼女、彼らにたくさんのエネルギーをいただいている。

11月のクリスマスタウンには11名。

114日には5名来てくださった。

中には新幹線を使って遠くからの人も。ありがたすぎる。

よりよい人生のための日ごろの交流だけでなく、私の音楽も応援していただいている。

 

古くからのご縁も新しいご縁も、懐かしい顔も、始めましても

どちらも温かく心に纏う喜び。

コンサートを開催すると、そこで交流が生まれる。

私のコンサートは友人か知り合いのみで成り立っているので、

1年に一度会える七夕みたいなもの。

今年会えなくても、来年か再来年か、タイミングが合った時に会えて、

私の成長を見て喜んでくださり、

皆さんまたそれをエネルギーにしてくださっているのだと思う。

コンサートは演奏者同志も聴衆もエネルギー交換の場であり交流の場。

 

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弾くだけでなく主催することのエネルギーを考えると

あと何回できるだろうか?と考えてしまうけれど、

苦しんだ分の喜びがあって、結果楽しい主催コンサートは

私の大切なライフワークになっている。

 

企画、宣伝、チケット管理、後片付けに至るまで、

音楽以外の作業が膨大にあるため、1年に1回開催するのが精いっぱい。

けれども、主催コンサートにはその時の持てる力のすべてを注ぎ込む。

練習や楽譜の研究以外に、専門書をたくさん読み、考えて考えて考えて、

解説を書き、トークも考え、

文章にして心にあるものを表に出す。

そしてプログラムにはメッセージが宿る。

コメントや共感の励ましもいただけてとても遣り甲斐がある。

 

貴重なリハーサルレッスンでは、先生が揺るぎないスタンダードを音で示してくださった。

私も自分なりに読み込んだ楽譜の疑問点を質問させていただいたり、

時には自分なりの考えも提案させていただいたりしながら、

どんどん近寄っていけたようなレッスンリハーサルだった。

先生の音楽の中で弾かせていただけると、呼吸をしているだけで音楽になるような夢の体験。

 

本番1か月前の仙台でのレッスンではほぼ流れが決まり、

モーツァルトについては安心を得た。

あとは私が自分のことを細かく仕上げるだけでよい。

 

音楽的な学びはもちろんのこと、

先生の持つ特別な集中力に特に大きな学びを得たと思う。

リハーサルで一緒に弾かせていただく時から

なんというか、とても分厚くて柔らかい集中力に支えられ、

何かあってもそのクッションが受け止めてくださる安心感があった。

あるいはまるでお釈迦様の大きな手の平で弾いているような感じとでもいうのか。

 

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本番はそれがさらに増していて、全く緊張しない本番を体験した。

最初から気分上々。

たくさんの方に1曲目からすごく良かったと言っていただいた。

前回のブログ「一期一会」にも書いたように、

先生のソロに引き込まれてしまい、自分は弾いていない時間でも音楽の高揚感に包まれて、

やる気満々で次の自分の出番に入っていけるという体験。

良い緊張感と特別なワクワク感の中で音楽をご一緒させていただいた。

最後は臆することなく自分らしく演奏できたことも、先生の包容力のお陰です。

 

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先生からは、前半終わって袖にはけてすぐに

「本番強いね!」と声をかけていただき、

後半終了後は「ブラボー!」の言葉で労ってくださった。

お礼メールの返信には「たくさんリハーサルしたかいあって、

対話のある、心の通い合った本番」とのありがたいお言葉もいただいた。

 

温かいお人柄から「機会があったらまたご一緒しましょう」のお言葉には

天にも昇る気持ち。

自宅に戻って放心状態だった私は、再び元気を取り戻した。

けれども本当は先生が共演なさるのは、コンサートマスターや大学教授のような方々ばかり。

渡邊先生のご縁でと言ってくださり、

市井の私に先生は、これ以上ない優しさと思いやりのお気持ちで接してくださった。

レッスンはもちろん、本番のエネルギーも何もかも、これ以上ない人としての学びを受け取らせていただいた。

 

 

先生は年々お忙しく、たくさんの方に頼られ、

あまりの多忙さにお身体のことが心配です。

いつの日か、もう一度勉強させてください!とお願いしたい気持ちを今は胸にしまって、

菅野先生のご健康を心からお祈りしつつ、

私は頂いたもの、得たものをしっかり自分の場で

磨いていこうと心に決めた。

でもまたいつか、ぜひ夢の続きをお願いしたいのです!

 

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どんどん下降線をたどっていた私に、まさに愛と希望と勇気を与えてくださって

菅野 潤先生、会場の皆さま、スタッフの皆さま、本当にありがとうございました!

この貴重な学びを、私のホームベース 山口泉恵さんとのデュオ Luna Classicaに生かして、

地元の皆さま、友人の皆さまに音楽の喜びをお届けしていきたいと思います。

ご縁のもととなってくださった渡邊篤子先生、長明康郎さんにも心から感謝申し上げます。

 

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以下ご来場のお客様からのアンケートより

 

「1曲目から感動した」

「よくぞここまで深くドビュッシーのソナタを!」

「改めて、本物の音楽の素晴らしさに感動いたしました」

「有名曲がなく不安でしたが、とても楽しめました」

「ピアノとヴァイオリンの掛け合い、素晴らしい。ピアノの音、会話して、質問していて、答えていて、遊んでいて、誘っていて、面白い」

「美しく尊いものを聴かせてくださってありがたいです」

「森さんのデリケートな音色と、菅野先生の神業の素敵なピアノのハーモニー、素晴らしかったです」

 

後でいただいたコメントの中には、

 

114日日曜日のコンサートでのドビュッシーの最後のヴァイオリンとピアノのソナタは素晴らしかったです。背中の毛が総毛立ちました。私は初めての経験です。有難うございました。」

「森さんは「音楽の温泉に浸かって」とおっしゃっていましたが、まるで脳がデトックスされたような、充電されたような、頭の中のもやもやがスッキリ、クリアになったような感じを受けました。

聴き終わったあとは、放心状態で、何も喋れない、という感じで、家に帰ってからもボーッとその余韻に浸っておりました。

素晴らしい、の一言では表現しきれない、そんな演奏会でした。」

「森さんの力強く感情のこもった演奏に私の魂がゆさぶられ、また菅野先生のまろやかで膨らみがあるピアノを聴きながら、私は蝶になって自由に遊んでいる気持ちになる。お二人の息もぴったりで、森さんが前振りで、難しいことはさておき、とにかく演奏をお楽しみください、とおっしゃってくださった最後の曲目、ドビュッシーのヴァイオリンとピアノのためのソナタには、思わずブラボーと叫びたい気持ちになった。

魂の輝き。

森さんも菅野先生も全身で呼吸で演奏に打ち込まれている姿はキラキラと逞しく、お二人の魂が輝いている。そして作曲家の方々の魂の輝きも伝わる。

そう、私も魂を輝かせるように毎日を過ごそう。

たくさんの感動と勇気をありがとうございます!」

 

たくさんの励ましのメッセージに心より感謝いたします。

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本番を終えて、アルスホールのそばの交差点から見た美しい夕暮れと月

 

 

2024年1月15日 (月)

一期一会

 

昨日、超満員のお客様をお迎えして

「モーツァルトとドビュッシー音楽の旅」が無事終演いたしました。

ご来場くださった皆様、大変ありがとうございました。

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昨日はいつもアルスホールのピアノが、今まで全く聴いたことないような

柔らかで豊かな美しい響きに満ちて、

菅野 潤先生の音楽が会場の皆様を魅了しました。

私もレッスンリハーサルだけでなく、貴重な本番までご一緒させていただき

一生の宝物となりました。菅野先生本当にありがとうございました!

 

モーツァルトのソナタ二曲は、

生きたアンサンブルを存分に楽しませていただきました。

1曲目のKV304のソナタが終わった時から、会場は熱い拍手に包まれ、

長年の友人から後で「幸せそうな笑顔で弾いていましたね」と祝福されました。

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モーツァルトとドビュッシーの素晴らしいピアノソロも間近で聴かせて頂き震えました。

自分弾かないでいる間に体が冷えて緊張してこないかと実は心配していましたが、

むしろ先生の音楽に引き込まれて、

その後の自分の出番はもうやる気満々!の音楽の高揚感から

スタートすることができました。

菅野先生の魔法を体験しました。

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最後のドビュッシーのソナタは、録音を聞きながら最後まで修正し続けました。

そして私の課題、冷静さと情熱のバランスをなんとかギリギリ保って、

精一杯演奏することができました。

初めてドビュッシーのヴァイオリンソナタを聴いてくださった方にも

とても喜んでいただけて嬉しかったです。

 

アンコールには、ドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」と、

モーツァルトの「アヴェ ヴェルムコルプス」を演奏。

イメージと情熱のドビュッシー前奏曲とソナタの熱で孕んだ空気を、

二つの静かで柔らかい作品で演奏会を収めました。

 

アヴェヴェルムコルプスの最後の方では、

もうすぐこの尊い時間が終わってしまう、、、と

流れる時間と音が愛おしくて仕方なかったのですが、

後奏のピアノを先生がとても大事に心を込めて弾いてくださり

ただただ感謝でした。

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そして、私が安心して演奏に集中できるようにサポートしてくださった

つくばサロンコンサートの仲間、代表の野末あけみさん、

山田圭子さん、大橋あゆみさん、山口泉恵さんの万全のサポートなしには、

演奏会の成功はありませんでした。

特に、デュオのパートナー泉恵さんには譜めくりもお願いし、

当日とても助けていただきました。

得たものと、自分に足りないものの両方を痛感した貴重な本番。

この経験と学びを今後に生かしていきたいと思います。

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心にかけてくださった皆様のお気持ちも大きな支えになったことにも、

改めてお礼申し上げます。

学び多き幸せなひと時を与えてくださった菅野先生、

会場の皆さま、スタッフのメンバーの皆さまに心より感謝しております。

もちろん傍で支えてくれた家族にも。

 

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2024年1月10日 (水)

謎解きの旅の着地点

いよいよ今週の日曜日になりました!

菅野 潤先生を特別ゲストにお招きしての

「モーツァルトとドビュッシー音楽の旅」

1/14(日)1400 つくばのアルスホールで開演です。

 

演奏会情報 https://teket.jp/8104/27993

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菅野先生とは、5年前の9月に同じホールで私の恩師渡邊篤子先生と

ピアノトリオを演奏していただいてからご縁をいただきました。

貴重な学びを、菅野先生、渡邊先生に深く感謝申し上げます。

 

 

プログラム前半はオールモーツァルト。

20歳で就職活動のために訪れたパリで初めての挫折を味わい、

さらに母を亡くしたモーツァルトの心情が伝わってくるKV304のソナタから

プログラムは始まります。

 

対して次の、モーツァルトが社会的大成功を得た時期に書かれた変奏曲KV455と、

ヴァイオリンとピアノが初めて対等に書かれたKV454のソナタからは、

モーツァルトの笑顔と幸せが聴こえてきます。

彼の幸せの絶頂期です。

 

休憩の後の1曲目は、若くして亡くなったリリー・ブーランジェが遺してくれた

一輪の花のように美しいヴァイオリンとピアノのための「ノクターン」 。

二人の作曲家の時代をつなぐ位置に咲かせたいと思います。

 

後半はドビュッシーの世界。

若き日の彼が書いた4手のためのピアノ作品をヴァイオリンとピアノに編曲した「小舟にて」は幸福感に満ちた時間。

そしてドビュッシーの重要なピアノ作品「前奏曲集第2巻」から抜粋して菅野先生に演奏していただきます。

プログラムのラストは、ドビュッシーの人生最後のヴァイオリンとピアノのためのソナタ。

 

幸せと悲しみの両極端がギュッと詰まった作品たちの中で、

彼らの人生の一部を凝縮してご一緒に音楽で追体験できたらと願っております。

 

 

モーツァルトは、菅野先生の生き生きとした音楽の中で一緒に弾かせていただくと、

優しさやワクワク感でとても幸せな気持ちになります。(KV454

お客様にもその幸せを分かち合えればと思います。

先生がソロで弾いてくださるKV455 の変奏曲もとても華やかで楽しい作品です。

菅野先生の極上の美音が奏でるモーツァルトの至福の時間をお楽しみください。

 

 

小品2曲の後、

後半のドビュッシーはなかなか重い作品ですが、

まずは菅野先生のソロでドビュッシー晩年の世界に導いていただきます。

 

私はなぜ自分がこのヴァイオリンソナタに惹かれるのかの意味がようやく分かってきました。

楽譜を読んでるだけでは解釈は幾通りにでもできるので、

これ!とは言いがたいのです。

 

それが研究者が書いた書籍を読むことで、新たな視点というヒントが得られます。

もちろんそこには書いた人の主観、好みが反映されていますが、

いくつか読んでいる中で自分の感覚に合ったものに出会えます。

今回菅野先生が教えて下さったジャンケレヴィッチの「ドビュッシー生と死の音楽」に

非常にインスピレーションを掻き立てられました。

最後まで読めないまま本番を迎えてしまいそうですが、

参考書籍のおかげで自分なりの作品像が見えてきました。

そして何より、世界の名手と共演なさってこられた菅野先生の音楽から、

作品の本質が聴こえてくるからです。

 

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今まで弾いてもいつも謎が残ったままでした。

気分がコロコロ変わり、支離滅裂に感じるドビュッシーのヴァイオリンソナタ。

単純に切れ味鋭くかっこいいと思った若い頃。

おどろおどろしい箇所があったり、私の精神世界とは相いれないものが多々あるのに、

なぜ惹かれるのか が長年の疑問でした。

惹かれるからには理由があるはずだから。

そこを探るのはまだ見ぬ自分に出会うためでもあったと思います。

 

 

昨年、ある二人の方とフランクルの「夜と霧」について少し話をしたことがありました。

ナチスドイツの強制収容所体験を描いた精神科医のヴィクトール・フランクル。

ドビュッシーもヴァイオリンソナタを書いたときは第一次世界大戦中で、

さらに直腸癌に侵され、石炭を買えずに寒さにも凍えて、まさに極限状態でした。

ユダヤ人強制収容所はこの世の地獄の最たるものの一つでしょう。

けれども、ドビュッシーが体験した戦時下での死の病も

彼にとってはそれに等しい、それ以上の苦しい体験であったではないかと想像しています。

 

フランクルの「夜と霧」の中に

一日の労働を終えて足を引きずって収容所に戻る囚人たちの中の一人が、

後ろを振り返ってその日の夕日を指してこういう場面があります。

「おい見ろよ!世界はなんて美しいんだ!」

 

これに出会ったのは15歳の時でしたが、

当時の私は、いいえ今の私も驚き、感動で震えてしまいます。

極限状態にある人が、世界の美しさに目を向ける。

そしてそれを人と分かち合おうとする。

人間ってそんな生き物なんだ!と。

それと同じものをこのソナタに感じたのだと。

 

ドビュッシーのソナタの終楽章の初稿については作曲者本人が

「この恐ろしい終楽章を徹底的に手直ししなければならなかったのです。

あまりに周囲の不安を反映させ過ぎています」と出版社デュラン宛の手紙に書いています。

 

しかし、

「音楽とは、ある自由なもの、どこにでもあって、窮屈なところは何もなく、

とりわけ紙の上にはないものです!そこにはたくさんの喜びを入れなければなりません」

という作曲信条を彼は持っており、

終楽章は何度も何度も書き直され、その後

「やっと ヴァイオリンとピアノのためのソナタ を終えました!

人間的な対比の精神によって、それが爆発するような喜びに満ちています」と

友人への手紙に綴っています。

 

この言葉はもちろん以前から知っていました。

でもそれは皮肉屋なドビュッシーの反対言葉、

本心の裏返しなのかな?と考えていたのですが、

いや違いました。

私は彼のことがわかっていなかった。

 

いえ、実際彼は逆説、虚無の工場、下降していくもの、そしてアッシャー家の中に住んでいた人。

モーツァルトが昼の音楽 陽としたら、

ドビュッシーは夜の音楽 陰の世界。

陰は極まると陽に転ずるのが自然の摂理。

彼は行きつくところまで行って、

最後の作品で思いがけないものが出来上がってしまったと考えてもいいのでは。

 

作品は妻のエンマに捧げられました。

作曲中は苦しんだにせよ、

作品を創造すること自体、その苦しみさえも喜びとしたのではないかと今思っています。

私なりの解釈ですが、

極限状態にある人間が、どんな状況の中にも喜びや美を見つける力があるという奇跡を

フランクルの「夜と霧」とドビュッシーのソナタに見ています。

 

ここに行きついたのはこの4年、娘の重いてんかん発作に悩み、

私も娘と共に大変な思いをしたからであり、

それであっても起きることべてを自分事として引き受けるという心境に至ったからです。

もちろん、今までも受け入れてきました。

でも、今までの仕方ないからという姿勢ではなく、

ここから学ぶために引き受けるという積極的な姿勢への転換を得たのが昨年の秋。

私もドビュッシーやモーツァルトのソナタを学ぶことで、

成長できたのかもしれません。

偉大な作曲家の作品にはそんな力もあると思います。

 

今年はお正月から大災害に見舞われ、ごく普通の日常がいつ崩れるかわからない

不安定な中に立っていることを誰もが感じました。

それでも私たちは生きて行きます。

作曲家が遺してくれた素晴らしい作品に励まされながら。

 

名曲にはその時の作曲家の喜びや悲しみ強い想いや命の輝きが、

そこに閉じ込めているからこそ後の世まで輝き続けます。

プログラムは劇的な作品で終わるだけでなく、

アンコールまで含めたメッセージをお受け取りいただけると幸いです。

 

素晴らしいピアニストと共演させていただける感謝と、

作曲家への尊敬と、ひとりの人間としての作品への共感とともに演奏したいと思います。

 

ご来場をお待ちしております。

 

演奏会情報 https://teket.jp/8104/27993

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