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2021年1月13日 (水)

帰ります!

 

前回の投稿から1週間たちましたがその後急展開し、

明日退院することになりました!

 

年末年始を挟んでちょうど4週間の入院。

長かった。。

先週、主治医が管を止めてみよう と提案。

無事に朝を迎え、翌日土曜日は 

では管を抜いてみよう と決断。

それぞれどうなるか?と緊張しましたが、無事クリア。

 

頭の脳髄液の溜まり具合も減って来て、

このまま連休明けまで大丈夫そうだったら退院です!と言われたのは土曜日。

あまりに変化がなくて困り果て、

ずっとこのまま病院から出られないかも、、、と悩んだ日々はどこに行った?

最初は本当に~~?と半信半疑でしたが、

カルテに書くほどではないものの、

娘の体内、脳内での変化を思わせる小さないろいろなことを感じることがあり、

帰れる気分になって来た。

とうとう治る時が来た 帰れる時が来た ということなのかなと思います。

娘の大喜び♪♪

 

FBのお友達、年賀状を交わす多くの友人のお祈りのお陰。

辛抱強く治療してくださった病院、

そしてマイペースながらよく頑張った娘の力。

全てがかみ合って、合わさっての退院です。

私も先生から「お母さんはスーパー看護です」とほめていただいた。

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~金曜日の6:38~

 

とはいっても、まだ頭には脳髄液が溜まっているので慎重に自宅療養。

他の看護師さんに聞いても、

皆さん頭に溜まったまま退院してその後も大丈夫みたいです ということ。

主治医は、傷口は完全にふさがっているので、

自然に吸収されていくでしょう との見立て。

まだ完全に安心とは言えませんが、

今の時点で病院ですることは何もなくなりました。

 

一時は、明るく楽しい主治医が

神妙に娘の頭を何度も触診しながら考え込み、

優しい副主治医は悲し気な表情で「二つ手術をしなければならないかも、、」と言われたのに。

医学は発達しても、まだまだわからないことの方が多いらしく、

治療は本人の自己治癒力をサポートするというものでした。

無理やり薬などでどうにかするのではない。

痛い処置は致し方ないと思う辛さはあったけれど、

基本は時間が薬でした。

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~脳の新しい知見を得られる本。特に脳髄液に充てられた章が面白い。

脳髄液はもしかしたらリンパ液のように脳内を掃除しているのかも?という説。

脳はまだわからないことが多い~

 

 

入院生活は、7:30,15:30,23:30の点滴、5:00,13:00,21:00の髄液量測定、

と規則正しく看護師さんが来てくれる。

身体を起こすときは管を止めるので、その時は確認のために二人で。

身体を起こしていいのは続けて1時間ほど。

その間にトイレ、食事、薬、歯磨きなどを済ませる、

など時計を見ながらの毎日だったのが、

昨日から全てなくなり、夜も起きることなくぐっすり💛

 

そんな感じでたくさんの看護師さんにお世話になり、

リハビリの先生とも親しくなったので

お別れはちょっと寂しいくらいですが、

帰ります!

そして、先生方、スタッフの皆さんの健康とご活躍をお祈りします!

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~今朝の不思議な神秘的な太陽。濃霧の中を漂う月のように~

 

 

帰って真っ先にしたいことは、うちの文鳥と遊ぶこと。

このところズームで会っていて、

PCからの「ピピ♪」という声掛けに、

え?ママどこどこ?と探す。

会いたいよね~。

そして、娘を歯医者に連れていく。

虫歯を見つけてずっと気になっていました。

 

さらに、私染めたい!

ずっと美容院に行けていないので困って、

大晦日に病室で自分の前髪を切り、

娘も全体をさっぱりさせていますが、白髪はもう限界を超えています!

春のステイホームの時に使ったヘナが半分残っているので、

明日の夜即染めます!

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~太陽を見る前の今朝6:44~

 

 

発作は、

主治医が言われた通り、

最初の1か月は劇的に減ったものの、

1か月たつとまた出てきました。

でも、以前の半分に減っている。

新しい生活はどうなるか?

だからこそ、すべてを新しく創って行きます!

 

まだこれからやるべきことがたくさんある。

親として最も大きな仕事、安心できる終の棲家を探すこと。

支援学校の同級生は、早くからグループホームに入所するなど独立した子もいるというのに、うちの娘はいまだにショートステイさえ経験がない。

発作や、発作で転倒して骨折など、あまりにもリスクが多くて

受け入れてもらえる施設がなかった、

親も心配で踏み出せなかったのが、

手術前に未来に希望が持てる知らせが届きました。

 

ここ3年ほどお世話になっている移動支援と居宅介護の事業所のスタッフさんが、

入院前に来てくれた時の最後の散歩の時に

「ぜひみなちゃんも手術が終わったら、ショートステイ利用してくださいね♪」と言ってくれた。

彼女はうちの長男の結婚式の際、娘の介助をお願いした人。

今は柏の大きな事業所の一部の管理を任されていて、

経験がたくさんある。

彼女なら、そこの施設なら、いつか娘が暮らせるようになるかもしれないと

思えるところが初めて見つかったのは、

我が家にとってほとんど福音とさえ思えるものでした。

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~お正月が明けて、切り紙飾りも変わりました。

八つ折りにして絵をかいて、細かく切っていく~

 

 

娘とは、あまりにも長い時間一緒に居た愛着や、それ以上の心配やらで、

私たち親がいなくなった後のことを想像するのが怖かった。

ひきこもりの当事者とその家族の苦悩がわかる。

私たちが亡くなった後、娘はどうしたらいいのか?

どこにもあてがないので憂鬱で、

今は考えないようにしていたという方が正直なところ。

 

演奏をするのも年齢のリミットがあることを考えると、

今はとにかくこのまま3人で暮らして、

弾けなくなった頃には社会の状況(県南に娘が入れそうな施設が建つとか、、)が変わるかもしれない、と後回しにしていた。

今通所している施設でさえ、

発作が心配なので昨年はなかなか受け入れてもらえないという現実。

重苦しい課題。

それが一気に具体的に未来の希望が初めて見えて来た。

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~2年前に買っておいてなかなか読めなかった本。

私たちは思い込みから、世界を正しく見れていないことを教えてくれる。

これを読めば、世界は実は少しずつ良くなっているとわかり、憂鬱でなくなるはず。必読書です!~

 

 

病院でももちろんそれが仕事とは言え、

とても温かい親切をたくさんいただいた。

同じくらいの年のベテラン看護師さんともよく話をしたけれども、

彼女が「ここは天国だから」と。

そう、何かあっても、すぐに経験のある看護師が駆けつけてくれて、

必要があれば医師の処置が受けられる安心の場所。

といっても、一生ここで暮らすわけにはいかない。

 

今のコロナ時代、

人となかなか会えない、

接触なんてもってのほかという時にあって、

たくさんの人にかかわっていただき、

触れ合い、手厚く看護していただけたのは、

社会で生きることをあきらめないという気持ちにさせてもらえた。

医療や看護の現場のまごころに触れました。

 

脳外科の病棟は元気です。

いつもリハビリが行われ、

誰かが自主的に歩いていて、

廊下はにぎやか。

最も大変な患者さんが入院していて、

手術直後は皆さんとても辛そうだけれど、

お互いに少しずつ回復していく姿を励みにしていました。

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~たとえばの、病院での私の朝食。

コンビニで何を調達したら自分の健康が守られるか考えて。

インスタントの減塩お味噌汁に、乾燥野菜、一口高野豆腐を入れて。

ローソンの小さな和総菜は、小さな2個パックで¥120.ほぼ無添加。

手前のはデイリーヤマザキで売っているお気に入り。

刻み野菜、納豆、雑穀が入っている~

 

 

1回目の退院の翌日、前日前居た脳外科病棟のことを思い出して、

あそこは今日も活発に動いていると懐かしく思ったので

再入院しても「戻ってきました!またお世話になりますm(__)m」と

笑顔でいられた。

私たちはこの日々をずっと忘れないと思う。

今はただただ感謝です。

だって、今のコロナ禍の中、こんな医療が受けられて幸運以外の何物でもなかった!

 

帰るととても忙しくなるのですぐには投稿できないかもしれませんが、

またのんびりお散歩のことでもupしたいと思います!

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~痛いことがあった日に下のローソンに買いに走っていたスイーツも、このところ食べていなかったので、

夫にケーキ屋さんのが食べたい!とリクエスト。

そうしたら、この日に最後に最も痛い処置があって(泣)、

終わってからいちごのショートで慰めました~

 

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