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2020年9月 2日 (水)

新しい宿題

 

一昨日の月曜日、筑波大学病院に昨年開設されたてんかんセンターを受診。

うちの娘の主治医は4年前に定年を迎えていて、

今お世話になっている病院には月に2回しか来られないため、

新しい主治医との出会いを求めていました。

 

 

てんかん患者の3人に一人は薬だけではコントロールできないという統計があり、

娘もその3割に該当して悪戦苦闘の日々。

今年は我が家はコロナよりも、てんかんと戦う年。

主治医が準備してくださった医療情報提案書をもとに相談して参りました。

 

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~母が贈ってくれるお誕生日プレゼントの胡蝶蘭は、お正月から咲いていたのに、今年2回目の花芽が!

水しかあげていないのに強い ~

 

 

そもそも、てんかんは100人に一人、

100万人の病気と言われる身近なもの。

脳に障害がある人には出やすい疾患ではあるけれども、

健常な人でも、頭を打ったとか、あるいは老年になって自分では気が付かないうちにできている小さな脳梗塞によっても起きうる。

つまり、実は誰でもなる可能性がある病気。

うちの前の順番の患者さんは、洗練された雰囲気の20代の美しい女性だった。

 

 

怪我はもちろん、サッカーやラグビーなどのスポーツでも頭は大事にしないと、

頭を打った10年後という忘れた頃に急に出てくることがあるというのを

随分前に何かで読んだことがある。

 

一瞬ボーっとする、などもてんかん発作であることが多く、

治らない頭痛にはてんかんの薬が効くらしい。

軽いてんかんの種はもしかしたら、気が付かずに私たちの身近に潜んでいるかもしれない。

 

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~裏に墨田の花火がもう一度咲いていた。こんな暑さの中本当に立派。潔く爽やか。~

 

 

今回の初診で、これまでのことをかいつまんで伝えると

「薬のことを把握していて助かります」とのコメント。

娘の目や様子を見て、「会話は理解できていそうですね。

今日は緊張しているみたいですね」と、彼女のことをわかっていただけて信頼ができそう。

 

新しいドクターからは、

今までの経過を見て脳梁切断の手術を勧められた。

 

ざっくり説明すると、

脳梁とは、左右の脳をつなぐ橋のようなもの。

その橋を切れば、てんかん波は脳全体には広がらず、

特に転倒を伴う発作の子にはその手術は大変有効とのこと。

 

薬の調整の相談で行ったつもりが手術を勧められて、

怖くてドキドキだけれど、

てんかんでは一般的な類の手術のよう。

次回10月の受診までに考えて来てくださいという宿題。

 

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~改装された病院ロビー。スタバもターリーズもあって、通うのが苦にならなくなるかな~

 

 

私たちの願いは、

娘が笑顔で暮らせること。

そしてできれば再び、自分で自由に歩いても大丈夫になること。

先日薬を減らしてからは笑顔と活気が戻り、

目が合うとニコっとしてくれて家の中にも幸せが戻って来た。

 

この半年悩まされていた硬直の発作は減り、

寝てばかり、あるいはボーっとしていたのが、

ニコニコして日常生活の質は格段に良くなったけれども、

代わりに一瞬カクン、あるいはバン!とくる小発作(ミオクロニー)は増え、

これは転倒のリスクを伴う。

 

コロナで自粛が求められ、自由の尊さを誰もが改めて感じた今の時代。

危険だから、怪我しないようにと車椅子に座ってもらい、

一人では歩かないでと制限する生活は、

彼女にとって本当に幸せなのか?と

度々考える。

でもそう考えるそばから、発作でビクンとするものだから、

やはり仕方ないのかと思う、

の繰り返し。

悩ましい。

 

リスクのない手術はないので、余計なことしないでいようと守りの姿勢で耐え続けるのか、

万が一のリスクもどこかにはあることも受け入れて、これをチャンスとして賭けてみるか。

彼女は強い魂の持ち主だから、頑張れるかな。

 

優しい長男からも、「妹は大丈夫だと思うけれど、お母さんが手術の前日に発狂しそう(笑)」との心配のメールも来て、

本当に手術をすることになったら彼も応援に帰って来ると言ってくれた。

心強い。

どんな時も、支えがあることで頑張れる。

家族はもちろん、友人たちの励ましの言葉に支えられ、

一人ではできないことを心のチームに支えてもらっている。

 

 

脳梁を切ると、それまでの回路が失われてしばらくボーっとするらしいけれど、

脳は不可逆性が高いので新しい回路を作っていく。

そのリハビリも含めて約1か月の入院が必要。

しかも、大人になってからだと、脳梁切除の手術は2回に分けて行うそうで、

山は高いのです(>_<)

 

他にも、VNS療法(迷走神経刺激療法)なる鎖骨あたりに小さなペースメーカーを埋め込んで、

もう一歩発作をコントロールするやり方もあるそうだけれど(3年に一度、電池の入れ替え手術が必要)、

異物を身体に入れるのと、もともと身体に備わったものを取り去るのとどっちがいい?

ほんとうは、自然がもっとも望ましいのだけれど。

 

何しろ、気持ちの持ちようでも変化が起きる民間治療では解決できないのは、

過去の様々な経験からわかっている。

ありとあらゆることをやってきて、

いろんな人に会ったけれども、

発作というものは、

そして障害のある人には、

気の持ちようは通用しない。

娘を見ていると、本物は何かがわかってくる。

 

けれども、何もできないという無力感の中で憂鬱と無気力に陥っていくくらいなら、

親ができる小さな努力を積み重ねて、

ほんの少しでも日常生活を安全と笑顔の中で暮らしていきたいと願う。

マスキングも歌も、その他もろもろの小さな取り組みの数々は、

何もしないよりは力になっている。

 

我が家の方針としては、

なるべく余計なお金はかけずに、

どこかに通って誰かに頼るのではなく、

よく見て、感じて、自分で考えること。

 

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~もう15年も付けているてんかん記録表。

書き方は自由。

うちの場合は、硬直の発作は□ びくっとするミオクロニー発作は緑の×、大発作は赤丸にしている。

8月前半と後半で出現している発作の種類が全く変わっているのは、薬が変わったため。

後半の方が発作自体は多くなっても、日常生活の質はよくなっている。

この表だけでは実態は語れない。

そして薬の調整は本当に難しい。~

 

 

今までも県南の障害児治療の中心的なドクターにお世話になり、

O先生がこれほどやってこられたのなら、あとは手術がお勧めです」と

筑波大の脳神経外科医にも言われ、

スタンダードな治療の残された選択肢は、もうこれしかないのかもしれない。

 

リスクもデメリットもよく調べて考えた上で結論を出さなければならないけれども、

今の状態では将来の入所はもちろん、

ショートステイの目途さえ全く立たない。

娘の特別支援学校の同級生は、週末のショートステイや、グループホーム入居など、

その子なりにどんどん独立している。

 

可愛い娘が独立する、手放すなんて考えたくないのだけれど、

親の方が確実に先にこの世からいなくなるのだから、

私たちのいない世の中でも少しでも安心して暮らせるように、

そして将来保護者となってもらう兄の負担が少しでも減るように、

様々なことを総合して考える必要がある。

今私がやっていることの替わりは誰もできないから。

とにかく今は発作を何とかしないと!

彼女にとって干支3週目の今年はそういう年なのです。

 

 

 

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そんな病院帰りのランチは、つくばのイタリアン「アペティート」のパエリア。

たっぷりのきのことチキンのパエリアは私の好物。

ここに来たらいつもこれを頼む。

コロナ以来初めてのサラダバー(使い捨て手袋が用意されて)、

おかわりも楽しめるコーヒー。

娘はオレンジジュース。

ランチを見て、うふふ😊と喜ぶ娘か可愛い。

娘の笑顔だけで十分に報われると思う私たち。

天使の笑顔のうち娘。

また大きな宿題ができたけれど、これも一緒に頑張って超えたいね。

 

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昔やっていた「マスキング」という呼吸のプログラムを復活させたお陰で、

日に何度も大きな呼吸をすることが増え、肺機能が改善したのか?

両脇から倒れないように付いての夕方の散歩の際、

速く歩けるようになって体力も戻ってきている。

一時期、5分おきのマスキング一日80回とか頑張っていたけれど、

このところは気楽に4050回ほど。

それでも日々の努力は報われていると思う。

 

 

大きな台風が二つも日本に近づいている。

台風発生前に大発作に見舞われることが多いうちの娘。

9号の時は小発作連続で意識低下、ダイアップを使用。

その後晴れ渡った笑顔の二日間を過ごした。

 

10号発生の昨日は、幸運な諸々の条件が重なり何とか無事。

とは言ってもここ二日、日中散発的に発作がある。

今日のお昼寝後からは安定に入ったように見え、

ここ数日続いていた夜中の発作は今晩はなくて済むかしらと期待したい。

 

 

先週は、音楽に関する嬉しい予定がいくつか入って来て、

よしまた頑張ろう!

何よりも娘のために自分もCDを残そう!と心に決めたのに、

手術という大きな課題が出現。

なかなか音楽に気持ちと時間を集中できる環境にはない。

 

 

多分、どの人の人生にもあるように、

私もかつてあんなに大変な訓練法に取り組んだ人間の一人なのだから、

この山も越えられる!と思える過去の頑張りがあるのが支えです。

 

 

今一番祈りたいのは、どうか台風の被害が出ませんように!ということ。

被災地熊本はもちろん、故郷の福岡、母や弟夫婦、友人や親せき、

すべての人が守られますように。

 

 

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