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2019年10月17日 (木)

問いの扉

 

 

この度の台風19号でお亡くなりになった方の御霊に哀悼の意を表し、

被災された方々に心からお見舞申し上げます。

 

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ブログをアップして我が家の無事を伝えねばと思いつつも、

台風の緊張疲れ&その後思いがけなく届いた嬉しい知らせに大喜びで最大限に心が振られ、

ブログまで手が回らなかったのでした。

台風の晩は、思いつく限りの友人の顔を思い浮かべて祈りながら眠りにつきました。

きっとお互いに、、、だったのだと思う。

あれからもう1週間経つのですね、、、。

 

 

 

台風19号が発生してその巨大さに、

バハマに上陸した破壊的な台風のことが重なり、

不気味な不安に襲われました。

その前の日曜日、娘の移動支援で来て下さった流山の支援員さんが、

千葉の台風15号を体験して発した言葉「私死ぬのかな、、、と思った」が響いてしまい、

この1週間怯えていました。

15号の時に、もうすでに千葉の方はそんな想いをしていた。

 

 

先週は日々台風の進路が気になり、

海側に逸れた、いや内陸に進路が変わったと一喜一憂し、

こんなことでは身が持たないから途中から進路予想図は見ないように。

どうせ直前に進路は変わる。

台風は生き物で、その時の高気圧の張り出し具合や偏西風や海水温や、

その他もろもろ私にはわからない自然のエネルギーの中で凶暴に動き回る。

 

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ただただ謂れのない不安の中で、伝えておきたいことは伝えておこうとか、

まるで遺言でも書かなきゃみたいな極端な心境。

こんな私 おかしかった?

でも、結構似た心境にあった方はいらっしゃったようです。

心配性の人は、日ごろのその特性がクローズアップされたのかもしれません。

 

 

そんな時、今月会う約束をしている友人たちから、

具体的な相談メール等がどんどん入って来る。

未来の楽しい約束があるから一緒にこの世に留まるよね!と確認するように。

でも、そのおかげで随分気が紛れました。

SNS時代の現代は、会わなくても、声を聞かなくても、

通信だけでも安心できるように人は変化しているのも面白いと

自分を見ていました。

 

 

不安にフォーカスするのではなく、明るい未来に意識をシフトする。

そして何よりも祈りにエネルギーを向けようと、自分に声をかける。

でも、不安は大きくてすぐにそちらに飲み込まれ、お腹の調子も悪くなるほど。

小心者ですね。。

 

風への備えもいろいろ考え、

今回は飛散防止フィルムを買って、出窓や二重サッシでない窓に貼る。

それ以外の小さな窓は、布製ガムテープで米印に貼って、

その上からさらにプチプチのパッキンを貼ってガムテープで留める。

やれる限りのことはやりました。

窓を養生しながら、愛おしい我が家の無事を祈りながら。

 

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そんな中、娘の発作がなぜかゼロで、

穏やかな微笑みで癒してくれたのは救いでした。

台風到来の一日は、時間はカウントダウンで迫って来る。

テレビを付ければ不安になるようなことしか言わない。(もちろん必要な情報ですが)

なので、画面は音声を落として、音は癒しのCD

愛聴しているMozartにして気持ちが落ち着き、改めて音楽に感謝でした。

 

 

東日本大震災の時も、私はMozartを車の中で聴いていました。

何番だったかは忘れましたが、ピアノ協奏曲。

目の前の道路がうねって波打つという異常事態を目の当たりにしながら、

車ごと揺れているというのに、聞こえるのはMozartなら私は全く怖くなかった。

あの時はMozartに守られた、、、、と思っていたので、

今回も迷わずMozart

 

 

数あるMozartの中でも、この前から書いている菅野潤先生演奏のCDです。

聴きながら窓の養生をしていると、

先生の落ち着いた集中に引き寄せられて、

Mozartの力に導かれて

不思議な平安の中に居ることができた。

刻々と台風が近づいているというのに。

人は自然と共に生き、人に影響されるのに、

何を聴くか?

あるいは心の中にあるもので、

こんなにも心境が変わる。

 

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土曜日。

朝から何度も届く市の防災メール。

そして、ご近所の山田美枝子市議会議員さんからも、

福祉避難所についての情報を何度もいただき、

いつも気にかけてくださっていてとても有難く心強かった。

 

 

都内がLevel5になったのなら、あの雨雲がやってくるなら

ここも浸水する可能性もある、と判断し、

我が家の地域にLevel3の避難指示が出てから避難準備を始める。

うちは去年新しく作られたハザートマップで、いざとなれば7mも浸かることが判明。

以来、心の準備はできていました。

 

 

今回は「空振りでもいいから、練習でいいから、行こう!」という話しに夫とまとまり、

お隣の車がない高齢ご夫婦にも声をかけてみる。

でも、「うちはここがいいからいいわ」とお隣の奥様。

月曜日に外で会った際に「次回避難勧告が出たらうちは避難所に行きますから、

その時必ずお誘いします。一緒に行きましょう!」と告げたところ

笑顔で「ありがとう」と返って来てほっとしました。

 

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~今日の写真は、ほぼ夫の撮影したもの。ここは普段は樹のところまで川。

10月13日、14日の近所の水辺の風景。大小3つの川に囲まれている我が家~

 

 

 

避難したのは市役所だったので(しかも和室)、思ったよりも快適に過ごせました。

座布団とテーブルだけ借りて、

持参した水や食料、毛布を使って一夜を過ごす。

すぐ傍に市の災害対策本部があって人がたくさんいるのも安心。

市の福祉課の職員さんが娘の発作について丁寧に尋ねてくださって、

とても心強かった。

 

 

10時代は雨風のピークで、外では荒れ狂った音がして怖かったけれど、

コンクリートの建物に守られどこか安心感がある。

その時間帯が最も電話が鳴っていた。

 

風も納まり、眠りに落ちる。

目が覚めたら外は晴れていて、市役所も静か。

河の氾濫はなかったのだと感じる。

帰り支度をして、職員さんにお礼のあいさつをして車に乗り込む。

朝の空気、朝の光がまぶしく、

倒木もない市内の道路を確認して、皆無事であることを心から喜ぶ。

 

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7時には帰宅。

窓を開けて換気していたら、冷えた娘は発作が始まってしまった!

私もほっとして気を抜いていてごめんね。

でも、この1週間よく発作ゼロで過ごして親に気を遣い、

きっとたまっていたのだろうし、

台風が通る時は強烈に気圧が下がるからその影響もあるのだと思う。

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 ~気圧アプリ「頭痛~る」も、台風当日はこんな感じ!~

 

 

 

何しろすごい恐怖を味わい、

初めて生きるか死ぬか?の問いの前に立ったような1週間だった。

そして何事もない我が家に戻れた喜び。

今回はたまたま運が良かっただけかもしれないし、

これからもこんな思いをするのかもしれないけれど、

今は安堵に浸っていたい。

次への備えは怠りなく。

 

 

重い障害とてんかん発作がある娘と一緒の私は、

いざとなると逃げられないであろうと諦めていた。

疲れると、将来の不安にさいなまれると、

二人で抱き合って終わるならそれでもいいと、

いつも言って来た。

 

 

でも、いざ本当にその時が来るのかも?と思ったとき、

この世は何と愛おしく思えたことか!

私はまだこの世界に留まっていたい。

いつもの日常が実は奇跡の連続で成り立っていることも、

言葉でなく実感できた。

 

 

私は娘のために生きて来た。

音楽はそれを支えるために。

でも今回初めて、自分のためにも生きたいと強く思った。

生きて音楽を続けたい。

ヴァイオリンを奏でたい。

その思いを発し、思いがけずその問いと希望のブーメランは

ギフトとなって私の元に戻って来てくれて、何とも温かく包んでくれた。

 

 

無事を祈ってくれた家族、友人、愛する人たちに心からの感謝を。

そして、これからも娘を全力で護ることと、

併せて自分の人生を生きること。

新しい私が始まっています。

 

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