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2019年9月26日 (木)

振り返り

昨日は先生方の演奏と全体についてだったので、

今日は自分自身について考えてみる。

やりっぱなしでは成長はない。

 

新しいことに挑戦することは好きです。

同じことを繰り返すのでは発展はないと考える。

(練習は反復が大事だけれど)

なので、毎年「今年はこういうチャレンジを!」と定めます。

今回はプロデューサーを初体験。

しかも自分も演奏しながらの一人二役。

 

主催者としての振り返りは昨晩書いたので、

今日は主に自分の演奏についての反省です。

いつものことながら、、、準備が遅い!

たいてい本番直前でないと、演奏の全体像が見えてこない私。

毎回懲りない。。。

 

本番前の工夫した練習と、

それを積み重ねる時間の長さをいつもやっていれば、

もっと遠いところに行けるだろうに、、、と思うのに。

介護があり、ある程度きれいな家に住むのでないと落ち着かない私は(超綺麗好きの母に育てられ)、それらをそうそう手を抜けない。

まあ欲張りというものです。

 

バッハの3番プレリュードは、ずっとリュートのイメージを持っていました。

リュートとは現代で言うならちょっとギターに似た楽器。

実はバッハはこの3番のプレリュードをリュートにも編曲(BWV1006a)しており(最近知った)、

さらにはカンタータにも編曲して3回使っている。

それほどお気に入りだったと言えるでしょう。

 

昔九州交響楽団に在籍していた際に何度か演奏を聴いたギタリストの山下和仁氏の

バッハ無伴奏CD20代の終わりに愛聴していて、

特にパルティータ3番はヴァイオリンの他のCDよりも好きだったくらい。

しかし、長い間聴くこともなく、今回1度だけ棚から引っ張り出して再会。

懐かしい爽やかさ♪

どこまでも続く高原や野原、風と光とたわむれ、

草の上に腰を下ろし、つまびくギターの伸びやかな音色。

Dsc_3331

なので当初はもっと速くテンポを設定。

でもレッスンに伺うと先生からは「教会のオルガンのように」とアドバイスいただく。

たしかに、バッハは見事なオルガニストで多くの教会音楽を書いており、

正しいご提案です。

でも、染みついたイメージは拭い去れず、

最後の最後までどう弾くか悩み続けていました。

 

土曜日の会場リハーサルで先生の太く輝かしい音を聴いて、

ようやく今回はリュートではなく教会の響きでと思えるようになった。

言葉よりも音の方が雄弁です。

かといって、私が先生のような音が出せる訳ではないけれど。

 

大変なクラシック愛好家で、かつては物理学の第一線で活躍されていらっしゃった方から

「演奏も物理も似ていますよね」と言われたことがある。

「学会で人と同じことを言っても誰も相手にしない。

初めての発見や研究成果を発表してこそ意味がある」という趣旨のことを伺ったことがあります。

 

そうなんです。

正しいことは偉大な先人がやりつくしてくれている。

その足元にも及ばなくとも、

自分が感じている唯一のものを表現して届けたいから弾きたい。

バッハは即興の名手だったので、新しい表現もきっと受け入れてくれるはず。

 

今回の種明かしとしては、

最初の長い上行音形の箇所は始めからF(フォルテ)となっているけれど、

私はP(ピアノ)から始め息の長いクレッシェンドをかける。

 

2回あるバリオラージュ(特殊な移弦を繰り返して和音のような効果になる)

2回目に入る前は、クレッシェンドにしてみる。

だれもやっていないアイディア!

バッハはオルガンやチェンバロの2段鍵盤のように、

同じ音形を2回使う際に1回目はF,

2回目はPでと指示しているけれど、

私は同じことをするよりもこちらの方が構成として面白いと考えた。

 

最後はダウン(下げ弓)で終わるボウイングがついているけれども、

私はアップ(上げ弓)で終わりたい。

曲の冒頭は八分休符で一瞬のエネルギーのためがあって、

いきなり天から音が舞い降りてくる。

曲の最後は同じく天に昇っていくエネルギーが欲しいと考えた。

最後の1小節のメッセージは「この音、天まで届け!」と思って弾いていました。

Dsc_3332

まあ実際にそのようにできたかどうかは定かではありませんが、

何か所かのオリジナル解釈を話すとこういう感じです。

他も言い出したらきりないし、種明かししすぎるのもね、、、と思うのでこの辺で。

 

しかし、練習の仕方の発見もたくさんありました。

どこがなぜ弾きにくいのかを考えて、

その理由をもとにグループ分けをしての反復練習を始めたのが、実は本番10日前。(>_<)

たださらっているだけでは間に合わない!

 

学生の時は時間が全て自分のものだったので、

やみくものただただがむしゃら練習していましたが(つまりアホな練習)

さすがに歳とって、しかも時間がごく限られていると、

無い知恵絞るしかありません。

 

でも、今回発見した練習方法、楽譜の読み方はこれから使える!

もう少し早く弾けるようになり、

もっと深く表現するための時間もできそうです♪

せっかく中村恵さんの勉強会で、長く楽譜の分析研究を学んでいるのだから。

スコアを分析できることは私の強みになっているからこそ、

オリジナル解釈で演奏したいのです。

 

本番前は久しぶりに本当に怖かった。

先生方の演奏会を貶めるような演奏になったら、、、と

なんだか責任重大なオープニングの気分。

1曲目にいきなり高速道路を走るようなこの曲を選んだのは冒険がありました。

最初は自分が落ち着ける楽な曲で始めた方がプレッシャーが少ない。

 

そして、出来上がりが遅いことの不安。

いつもそれでも何とかするけれど、今回はバッハ!

16分音符だけが続いていく4Pは、ほぼビブラートもなく、

素の音で勝負しないといけない。ひえ~~。。

 

ビブラートかけるのは、オルガンのペダル音に当たる個所が続く1拍めと、

これぞ!の部分のみ。

音程練習はシビアにビブラートなしでやった方が、厳しく追及できる。

毎日自分の今の姿を突き付けられて「昨日よりは少しましになった、、」と慰めながら

後何日?とカレンダーを見る日々。

 

前から一応下ごしらえはしていたとはいえ、

本格的には9月に入ってからだったしね。

夫も「間に合うかな?」と。

いつも家族に心配かけながら本番に向かっています。。

 

 

そして、土曜日の会場リハーサルの日、

私は一人930から会場で練習を始め、

肩を回す、下に降りてパンでお昼ご飯にする以外の時間は4時間ずっと弾きっぱなし。

1245に先生と長明さんが来られた時はすでに疲れていて、

お二人に聴いていただいた演奏はボロボロ。。。

 

「私下手になってる!?」ととても不安に(>_<)

早い話、疲れて集中力を欠いていただけだけれど、

そんな状態を聴いていただくべきではありませんでした。

お蔭で不安が増してしまう。

きっと先生方もこの人大丈夫?と。ごめんなさい。

 

Dsc_3316

~本番前、守谷の中にそば畑があることを発見。白い花が美しい。~

 

 

Mozartに関しては、先生と私はタイプが違うので(横に並べるのも不遜ですが)

なかなか一つの音楽にまとまらない。

人と弾くのは自分のイメージだけでは成り立たなく、

相手によって同じ曲でも弾き方、表現が毎回変わります。

 

 

私は渡邊先生の演奏は現代音楽のCDでは聴かせていただいたことはあっても、

実は本番は初めて。

どんな感じに演奏されるのかわからず、いろいろ迷っていました。

でも、その後のメンデルスゾーンを聴いて納得。

大きな情熱的な音楽はとても魅力的。

先生と一緒に本番ができるなんて、なんて幸せ♪

 

 

私はこの3年、渡邊先生の元で、

楽器の持ち方、弓の持ち方、左手の落し方、ボウイング、

右手の細かなテクニックについて一から学びなおしてきました。

まだまだできないこともありますが、

教えていただいたことが少しずつ実を結んでいる実感を持っています。

私に成長があるとしたら、渡邊篤子先生のお陰なのです。

自分のことは気が付かないこと、盲点が多く、客観的にコメントいただけるのは一人で勉強するのの何倍も早く進めます。

 

前から聴いてくださっているお客様で趣味でヴァイオリンをなさっている方が、

「森さん 楽器替えましたか?」と聞いてくださったとか。

ガット弦に替えたのが大きな要因だと思われますが、

一つ一つの音の発音の注意し、前よりもしっかり音を出すことを心掛けるようになり、

私自身アルスで久しぶりに弾いてみて、鳴りが違うと感じました。

 

 

矢崎先生、菅野先生からも「スケールの大きい音楽だった」との

温かい労いの言葉をいただき、嬉しかった。

実際には、あそこで音がかすれた、音程が微妙だった、

少々ひるんだ箇所があったなどいろいろ不備もありましたが、

また頑張ろう!と思います。

 

Dsc_3333

私が弾き始める前に会場に響いた「あ~♪」の声。

あれはうちの娘でした。

介護の付き添いでお願いしたお姉さんによると

母が登場すると娘はすごく嬉しそうだったとか。

終演後もとってもハッピーな笑顔ですり寄って来てくれました。

 

途中20分ほど寝てしまったそうですが、

席を立つことなく大人しく演奏を聴けたようで、

きっと母と演奏会を見守ってくれていたのだと思います。

私も彼女の「あ~」に「居るな♪」と思って、弾き始める前に気持ちが和みました。

練習を散々聴かされていた娘も暗譜していたはずで、

きっと誰よりも母を応援してくれていたことでしょう。

 

 

言葉がない子ですが、感性はとても豊かです。

心配はたくさんあっても、笑顔に癒されています。

優しくサポートしてくれる夫にも感謝。

どこを向いても感謝しかないと思う本番を振り返る日々。

本番は究極の時間です。

 

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