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2019年1月19日 (土)

モーツァルトの魔法に




昨日、今年最初の本番、

「第137回つくば朝のサロンコンサート」を無事に終えました。

モーツァルトは最も好きな作曲家の一人ですが、

本番を通して何よりも自分が音楽に救われているのをしみじみ感じました。



Dsc_2501

 

 


様々な書物を通して,

そして何よりもその音楽を通して感じて来た彼は、

いつも明るくポジティブな性格。

天才と言われるからには苦労はないのかと思ったりもするけれどそうでもなく、

生活に悲しみや苦労があっても

「音楽は人を幸せにするものだ」というポリシーの元に

作曲を続けた人なのではないか、、、と思っていました。

 



 

実は、本番前日木曜日の午前中、

楽譜を見ながら最終リハーサルの録音を聴いているところに

娘の施設から電話が。

「散歩中に倒れて頭を打ったので、病院に行きます!!」とのこと。

お天気が良かったせいか特に悪い予感もなく、念のために、、の気持ちで

私もすぐに病院に向かいました。

けれど、やっぱり反対の念のための入院セットも車に積んで。





 

そういえば、録音を聴き始めて突然ぷつっと音が聞こえなくなって、

あれこれして、別のヘッドホンを持ってきたりしていました。

後で考えるとその時は、ちょうど娘が倒れた時間だったようです。

彼女からのサインだったのね。

 




 

救急外来の方に向かうと、おでこを怪我して車椅子に乗ったぼんやりした娘。

倒れた後にてんかんの小発作も続いたそうで、

ショックも疲れもありこの様子は仕方ない、、、。

かなり待たされ眠りかけて目が覚め、母にようやくしっかり気が付いたからか

急に気持ちが元気に。





 

喜んで抱きついてきた様子を施設の職員さんたちと見て、

「これなら大丈夫」と皆で胸をなでおろしたのですが、、、。

いや、よく見ると左手は普通に動かしているけれど、右手を全く上げない。

どう働きかけても右手を動かさないのは怪しい、、。






 

診察室で「大丈夫そうですけれど、念のためにCT撮っておきましょうか」となり、

彼女は痛みに強く今までにも何度も骨折経験があることを伝えると

「では右腕のレントゲンも」となり、

結果、頭の骨も少し折れていて、

しかし出血はないので特に脳外科的な処置はなにもなく

経過観察のみ。

それだけでもショックなのに、

右の上腕も折れていました。涙涙。。

一同ショックでショックで、、、。

頭を打っているので、24時間以内に異変が起きれば即病院へ。

その後も数日要注意とある。。。

 




痛みを訴えない娘が不憫で仕方ありませんでしたが、

いつも状況を受け入れる彼女はこういう時、菩薩のように見えるのです。





 

その日は腕を三角巾で吊ってもらっただけで、翌日再度整形外科受診と言うことになり、

1615にようやく帰宅。

その後遅いお昼ご飯にして、娘を寝かせて私もちょっと横になり、

ようやく17時過ぎから本番前日練習を始める。

しかし、なかなか集中できない。




 

1845まで練習したところでまだ当分終われないので、

とにかく先に夕ご飯の支度。

でも料理をしていると緊張がほどけたのか眠くなってきて、

夕食の前にコーヒーを飲んでから、食べ終わって即練習。

何とか翌日の本番準備完了。





 

その日は階段を登らせるのは怖いから、リビングで二人で寝ようと思っていたら、

夫が「今晩は僕が見るから、一人で上で寝たら」と。

夜中暑がって5回も布団を蹴っては掛けてあげたそうで

(痛くて眠りも浅かったのでしょう)、

夫は疲れていました。

傍にいれなくてごめんなさいでしたが、

本番前日の私は一人で寝かせてもらえて助かりました。

そして、朝目が覚めた時に「救急車を呼ぶ事態にならずに朝が来てよかった」と

胸をなでおろし、金曜日の一日が始まる。



 

 

 

私は朝8時のバスに乗ってTXでつくばに向かう。

道中娘のことで気分は沈みがちでしたが、

つくば駅に着いてホールに向かうと朝コンメンバーがいて、

本番の朝のいつもの気持ちの良い緊張感と高揚感に触れる。

仲間と話しをしていると、気持ちはいつものところに戻って来れる。

何とかやれるな、、、。




 

 

私はKV454のソナタ1曲でしたが、

1曲しか弾かないとなるとそれに掛ける想いも大きく、

緊張には何も変わりはない。

GPで良い流れを感じ、本番前の楽屋で共演の納子さんと穏かな会話を楽しみ、

今から楽しい本番を、の気持ちで臨む。




 

本番とは不思議な時間で、感覚が研ぎ澄まされる。

そうすると、いつもでは感じられないことが降りてくることもあり、

改めてモーツァルトの人となりを想いながら弾いていました。

だからって、モーツァルトが思った通りに弾けてるわけではないけれどね。(~_~)



 

 

参考にしていた本の中で彼はこう書かれています。



 

「モーツァルトは愛情深い性質の持ち主で、

どんな時も優しさと愛に溢れ、愛情を相手に伝えたくて仕方なく、

相手からも受け取りたがった。


 

モーツァルトの書く文章には「幸せにする」という言葉が何度も現れる。

作曲することや音楽を弾くことも、愛の表現だった。              P70

 


特別に優れた歌い手のために作品を書くこと、それはすでに愛の関係を築くことである。

 


あったかもしれない火遊びや強烈な一目ぼれを超えて、モーツァルトに残ったのは、

愛を与え、受け取る並外れた能力、あらゆる人と交流したいと願う性質だった。

こうした思いは彼のあらゆる音楽にくっきりと刻まれ、人間の心の襞をあれほどにも鮮やかに映し出した。                              p73

 



子供の頃、モーツァルトは質の高い宗教教育をみっちりと受けた。この教育のお陰で、Mozartの心に熱く深い信仰心が目覚め、育っていった。             P88


 

レオポルトはきわめて早くから息子に練習の規律、努力を愛する気持ちを教えた。それがヴォルフガングの内部に精神的な支柱を打ち立てたのだ。

ヴォルフガングは一生、父に対する感謝の気持ちを持ち続けた。

 


熱中すると他に何も見えず、興奮しやすかった                  p16

 


モーツァルトの天才の本質的な特徴、明暗のコントラスト。            P156

 


娯楽や冗談が好きで、陽気で悪ふざけや大笑いをしたがる性質は、一生変わらなかった。

あれほど奥深い人物が、なんでも、誰でも、自分でさえ、冗談の種にしてしまう。

気分の変化も素早かった。                          P166

 

 「モーツァルトの人生 天才の自筆楽譜と手紙」ジル・カンタグレル 西村書店

 

 


これは書いた人の感じたモーツァルト像なので、

もっとも参考になるのは本人が書いた手紙類です。

 



 

朝コンの知恵袋 末吉千枝子さんが素晴らしい資料を作ってくださいました!

いつも彼女が「おまけ」と呼ぶ新聞形式の冊子は、

話題が広く深く毎月楽しみです。

今回はプログラムのカップリングであるお琴の資料が多く、

それも大変興味深かったのですが、

私が知りたかったレジーナ・ストリナザッキについて、

モーツァルトの父レオポルトの手紙や当時の新聞で構成された紙面には、

今回最も知りたかったことが書かれていました。




Dsc_2510

 



KV454のソナタは、1784年イタリアからウイーンにやってきていた

女流ヴァイオリニストのレジーナ・ストリナザッキが

モーツァルトに共演を申し込んで受諾され、

彼女のために書かれたソナタというところまではわかっていました。





 

勉強するうちに最も知りたいと思ったことは、

モーツァルトにソナタを書いてもらったヴァイオリニストとはどういう人であったか?

という謎。

そこを末吉さんはちゃんと探し当てていらっしゃいました。




 

第1、 3楽章は、明るく楽しい楽章ですが、

2楽章は感情の細かい襞に溢れた心のやりとり。

その後半(再現部)からは、

一つの旋律を2小節ずつヴァイオリンとピアノがやりとりしていくという構成です。

それってとても珍しいこと。

よっぽど相手の演奏を気に入っていないと、そんな風には書かないのではないか?

こんな曲を書いてもらうストリナザッキはどんなヴァイオリニストだったのか?

想像は膨らんでいました。





 

末吉さんが書いてくださった中には父のレオポルトの言葉で

「彼女が弾くアダージョ以上に情感をもって感動的に弾けるものは誰もいません。

彼女の心と魂のすべてが、彼女の演奏する旋律にあらわれています」と最大級の賛辞。

 



Dsc_2511

 

2楽章はアンダンテ(歩くような速さで)ですが、

モーツアルトは滅多にアダージオは書かなかった人。

つまり、アンダンテで充分遅い。

 

 


 

モーツァルトは特に歌が好きで、

歌手の能力と個性に合わせたオーダーメイドの歌曲を書いたと言われます。

他の楽器にも当然当てはまるだろうと推理。

恥ずかしながら正直に言うと一人心の中で、

納子さんモーツァルト、私ストリナザッキのつもりで弾いていました。

だからって、作品の本質にどれだけ近づけたかはわかりませんが、

せめて足元に、裾にでも近づけていたら嬉しいな、、、

いやいや、まだずっと遠いだろうな、、、。

 




でも、何しろ本番が一番楽しめました。

そして、本番を終えて翌日になっても、やはり音楽から得た癒しが続いています。

よく「森さんのヴァイオリンを聴いて癒されたい」と言っていただくことがありますが、

私にとって音楽は真剣勝負。

癒しのつもりで弾いているのではないのだけれど、、、と思っていました。




 

 

でも今回、実は音楽によって救われているのは私なのだ!と気が付いた。

別に私が何をしたからということではなく、

この作品に込められたモーツァルトの想い(楽譜)、力のお蔭なのだと思います。




 

音楽で人を幸せにしたいと願って素晴らしい作品を遺してくれたモーツァルトに。

朝コンの仲間に。

共演者に。

本番の時間と空間を共有してくださったお客様に,

一緒に祈ってくれた友人に、

心から感謝申し上げます。

もちろん夫にも。




Dsc_2506

~夫がセリアでみつけてきてくれた文鳥♪~




金曜日は彼が急遽仕事を休んで娘を病院に連れて行ってくれ、

私が本番後病院に駆けつける頃にはギブスの装着も終わり、

これから自宅療養の日々。

我が家も大変ですが、どこの家も大なり小なり人には言えない悩みがあるものです。

大変な中を生きながら、私も笑顔の音楽を届けることをこれからも、と思う年の始まり。


 

 

さあ明日も小美玉みのーれで、モーツァルトを1曲弾いて参ります!

この状況で音楽ができる幸せに感謝!




Dsc_2502


~同じく友人からいただいた鳥のカレンダーは、調べて見たらセリアのものだった。

セリア、優秀!~

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