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2018年10月 8日 (月)

スペシャル・ウィーク




1年前にチラシを見て以来楽しみにしていたチョン・キョンファのコンサート。

行って参りました!

105日金曜日。  先週2回目のサントリーホール。

どちらも燦然と光り輝くスーパースターのヴァイオリニスト!

しかもその日の指揮はチョン・ミュンフンで、夢の姉弟共演。

こんな1週間は私の一生に二度とないかも、、、と思う贅沢。





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チョン・キョンファは神童と言われ、私が若い頃から見上げる存在で、

女性ヴァイオリニストの頂点に立つ憧れの人。

一度は生を聴いてみたいと願っていた。

今年70歳を迎えるそうで、未だにコンチェルトを演奏しているというのだから驚異的。

オーケストラをバックにソリストとして演奏するのは、本当に体力が要る。

以前はキョン・チョンファと言えば、

とにかく情熱的で観客を熱狂の渦に巻き込んでくれる人という印象だった。

それはいいとしてもちょっと癖もあるように思い、実は以前はそれほど好きではなかった。

ところがここ数年聴いてみたCDの印象は違う。




 

とても繊細で豊かな表情を持ち、しっとりと心の奥底に届く。

しかもそれは年を取ってからではなく、若い頃のCD

若い頃はわからなかったものが、

ようやくわかるようになったということ?

R.シュトラウスのソナタも、ブラームスのソナタもいろんなものを聴いたけれど、

結局はこの人の持つ繊細な表現に最も心惹かれた。

いつも大好きなデュメイよりも。

なので本当に楽しみに待っていたのです♪ この日が来るのを!(^^)!




 

娘のことは居宅支援を前もってお願いしてあって、

1730に待ち合わせて軽い夕食の後にホールに向かう。

その日は取手に住んでいた時からの友人聡子さんと。

彼女はうちの息子が生まれてから最初に知り合ったママ友で、

最もお互いの家を行き来して親しくしてもらい、

うちの息子も穏やかな俊くんが大好きだった。

ご家族皆さん本郷の大学で学んだ超優秀。

彼女も桐朋の仙川本校の音楽教室出身という音楽のサラブレッド。

音楽の専門には進まなかったけれど、大学オケで吹いていたフルートを今も愉しみ、

知識も豊富で耳もとても良い。

マニアックなコンサートや、ちょっと高価なものやこだわりの演奏会がある時は、

まずは聡子さんの顔が思い浮かぶ。

引っ越して今は家が遠いから、せめてお互いの好きな音楽で会いたいな、、、と思うのよね(^^

逢いたい人との再会の場所に、コンサートという祝祭の場はふさわしい。






 

金曜日のオケは東フィル。

息子が中1GWに、どうしても一度チョン・ミュンフンの指揮を見たくて

一緒にオーチャードホールに行って以来。

(その時のメイン、ベートーヴェンの「英雄」は彼にピッタリ!)

あれから14年以上経つというのに、東フィル事務局は以来欠かさずオーケストラの

コンサート情報を郵送してくれる。 申し訳ないほどに、、、。

でも今回2枚買ったので、14年分のチラシ送付料は十分支払えたとも思ったのでした。(^^





 

席は1128番。つまり、最前列の一番右端っこ。

一般売り出し日の10時丁度に夫にトライしてもらっても(私は生徒さんのレッスン中)、希望の席はすでに売り切れて、弾いている姿を見たいから前の方をというとここしかなく。。

しかし、やっぱりこの席はだめでした。(*_*)

サントリーホールの舞台は中心に向かってなだらかなV字ラインになっていて、

私の席からはソリストは全く見えない。弓の先とドレスの下の方が見えるだけ。

残念!!!

ヴィオラ奏者の隙間から覗く薄めの鮮やかな赤いドレスはとても素敵だったけれど。

この人は70になっても情熱的な赤が似合う。






 

そのお陰で、どう弾いているかの視覚からの情報は一切なしに、

音に集中することができました。

もう一つ良かった点は、近いから生の音が聴けたこと。

ホールの響きでお化粧された音ではなく、「実音」とでもいうべき生の音。

ホールの自然音響で増幅されなくとも、表情の豊かさは伝わってくる。

視覚から余計な判断をするという邪魔がなく(自分で過去の記憶から勝手にする)、

音を聴きながら自由に心は遊べる。






 

世の中には、特に若い人にはもっと完璧に弾く人は山のようにいる。

でも完璧に弾くことにこだわると、心が硬くなって音楽は死んでしまう。

(でももちろん、若い頃は技術の向上に励んでください!そういう時期だから)

余計なことを考えなければ確率は上がる。

それを集中と言うこともあるけれど、

本当の集中はミスなく弾こうとすることではなくて、

音楽そのものにどれだけ深く入っていくかという「集中」を聴衆は求めていると思う。





 

彼女は歌うようにという表現では適当ではなく、

自分をさらけ出して表現すると言った方がふさわしいのかもしれない。

生身の人間が音から伝わってくる。

人を愛し、苦悩し、号泣し、喉を枯らして訴え、傷つき疲れ果て、、、

しかし心からの優しさと憐みを持ち、

ありのままの自分であることを大事にしている人の音楽に私は聞こえる。

そのようにして辿り着く音楽は聴衆を深遠な芸術の世界へと誘ってくれる。

有難い。





 

体調が良いからいい演奏ができるとかではなく、

一生懸命なんて生ぬるいものではなく、

どんな時も全身全霊で音楽に向き合う覚悟が音から伝わって来て、

こちらも同じ覚悟で聞かねば!という気持ち(集中)を体験させてもらう。

どう弾くのか?のテクニックや解釈では説明できないもの、

作曲家への深い共感、

その人の生き様が伝わってくる。

こんな演奏家は、滅多にいない。





 

 

「私は神のために弾いている」

「思った音楽を実現するためには屍を超えてでも、、」

などと発言するオーギュスタン・デュメイ。

怖いくらいの覚悟が言葉からも伝わってくる彼の音は

とてつもなく美しく神々しい。

ギル・シャハムは舞台での溢れる笑顔からも人柄の良さが伝わり、

とても温かい抱きしめたくなるアマービレな音。

音はちょっと暗めながらも、チョン・キョンファの世界もたまらなく魅力的なのだ。

 




この3名の素晴らしいヴァイオリニストに共通して言えると思うのは、

作曲家から音楽の感情表現を託された和声感をしっかり伝えてくれること。

私が気が付かなかったり見落としていた和声の表情が、

彼らの演奏から聞こえてきてハッとしたことは数限りない。有難い。

それはヴァイオリンパートだけでなく、スコアとしっかり向き合っていることの証。

アリーナ・イヴラギモヴァとジョセフ・リンも同じく。

とっても勉強になる。

私はこっちの方向を向いていたい。

目標はどんなに遠くとも、目指す光を放ってくれる存在を頼りに勉強を続けたい。




 

 

昔オケに居た時代、とても頑張り屋さんの友人がチョン・キョンファのことを

「彼女は子供が出来てから演奏を数年休んだのよ。だから信頼できる」と言った言葉が、なぜか心に残っていた。

その時に一番大事だと思うことに集中するということなのか?

その友人の本意はわからなかったけれど、ずっと引っ掛かっていた。

わからないものの、私も同じく続いた一人。

今は女性も皆働く時代になり、現代の時代精神とは一致しないかもしれないけれど。




 

子供を持つと、女性は子育てをすることで自分の時間を大幅に削って生きていくことになる。

マイナスもあればプラスもあり、どう折り合いを付けていくのか、

最終的にプラスに持っていくにはどうするか?も問われるのかな。

選んだ道は修業とも言えるし、

最後には全てプレゼントだったと感謝できるようになりたい。




 

その意味ではまさに、子育ても怪我(5年間完全休業)も

全ての経験を音にしている人なのだと思う。

どういう人生を送って来たのかは知らないけれど、

深い表現からは自分の知らない世界を体験させてもらえ、

何度も聴きたい、その先を聴きたいと思う。






Dsc_2236

 



会場は演奏中物音一つない集中だった。

楽章の合間には我慢していた咳の嵐で、指揮者がちょっと笑うほど。

皆で演奏家の集中を支えていたのですね。

私も娘の風邪がうつって 喉が痛い→咳 の症状になっていたので、

前日に咳止めの薬を買って備えていた。

コンサートは聴衆と演奏家が作り上げるもの。

静かな第2楽章が始まる前は聴衆の聴くコンディションが整うまで、

かなりの時間を待ってくれた。

その合間の時間に、指揮者と楽団員との長年の信頼が感じられる一コマをチラッと見た。

温かいステージ。





 

オーボエの長い長い天国的なソロから始まり、ヴァイオリンソロに渡す第2楽章。

ブラームスの深い温かさを感じ、本当に幸せだった。

ブラームスのヴァイオリン協奏曲を聴くなら、チョン・キョンファが一番なのかもしれない。




 

後半のサン・サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」は、豪華な編成。

サン・サーンスというと「白鳥」で有名な「動物の謝肉祭」が人気。

ヴァイオリニストにとっては、よく演奏される有名な小品があり身近な作曲家だけれど、それ以外によく演奏されるのは、、?とすぐには思い浮かばない。

私は1番のヴァイオリンソナタも大好きだけれど、フランクやフォーレに比べると

断然演奏される機会が少ない。

時代の要望と作風が合わなかったみたいで、評価が難しい作曲家とされるが、

もっと演奏され、もっと聞かれていいと思う。





 

サン・サーンスはオルガニストでもあったので、

オルガンが鳴らない個所でもオルガン効果を感じる荘厳な瞬間がある。

メッセージが重なり合うフーガの箇所にも荘厳さがあり、

私は平和への祈りの気持ちを抱いて聴いていた。

気候変動、異常気象、災害、経済の駆け引き、戦争、貧困。

とても不安な時代を生きている私たち。

素晴らしい音楽には、心だけでなく魂を浄化してくれる力がある。





 

日常の悩みや不安から解き放たれ、

今目の前で繰り広げられる音の世界に奏者と共に集中し、

音を通してその人が届けてくれる真摯なメッセージを受け取る。

聴いている瞬間は、奏者と自分しかいないような静寂にいるけれど、

一旦曲が閉じると万雷の拍手の熱気に

そこに居た人が似たような体験を共にしていたことに驚き、汗ばむほどに熱くなる。

この日もブラヴォ~の嵐だった。

この熱は明日からを生きるための確かなエネルギーになる。

だから私はコンサートに通う。

まるで音楽の神様に逢いに行くように。




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