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2018年10月 3日 (水)

台風一過のサントリーホール





猛烈な台風24号が夜中にやってきて眠れなかった日曜日。

台風一過の月曜日は季節外れの真夏日。

なにはともあれ、サントリーホールでのコンサートは無事開催され、

良かった良かったでした♪





 

「マキシム・ヴェンゲーロフのリサイタルの無料招待券があるけれどどう?」って

親友絵理ちゃんからメールが来たのは、二日前の土曜日。

そりゃもちろん行きたい!

好みではないけれど、、、世界最高峰と言われているヴェンゲーロフ、

やっぱり一度は聴いてみたい。

出かけていた夫にメールで尋ねて、早めに帰って来て娘をバトンタッチしてもらえることを確認し、即「ありがとう。お願いします!」の返信。

ヴェンゲーロフもまるで台風のようにやってきた。





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久しぶりのサントリーホールの前は、とても華やかな雰囲気。

チケット代が高いせいか、気合を入れてお洒落して来ている人が多く、

始まる前から期待感が溢れていた。

プログラムはオールブラームス。

ソナタの第1番と第2番が前半で

後半はFAEソナタと第3番を。

アンコールは、ハンガリー舞曲第2番と第5番。

ヴェンゲーロフの真骨頂である超絶技巧の持ち味を生かした

緩急自在なハンガリー舞曲第5番は、

本当にジプシーが弾いているような自由奔放さで、

客席は一番盛り上がった。




 

 

通常のクラシックコンサートに比べて客層が若い。

もちろんヴァイオリンを勉強しているお嬢さんたちや学生さんもたくさんいたけれど、

クラシックファンの核となるシルバー世代が少なかったのでした。

私もこんな高額なコンサートはよっぽどでないと行けない。

今回は本当にラッキー!



 

 

知人から招待券が回って来た、、と誘ってくれた大学時代の親友絵理ちゃん(3月のブログ「バッハの世界」ジョセフ・リンのコンサートも一緒に)と、

コンサートの合間にはヴァイオリン奏法談義に花が咲く。

ヴェンゲーロフの技術の素晴らしさは考えても想像がつかないけれど刺激受けて、

自分は自分なりに考え研究していることを絵理ちゃんに話してみたくなる。

彼女はご実家がヴァイオリン教室を営んでいる生粋のヴァイオリニスト家族の長女。

幼い頃からずっとヴァイオリンと共に歩んできて、研究に余念がない。

5から始めて本気になったのは高2で、途中で長いことやめていた私とは大違いで、

ヴァイオリンがすっかり身体の一部となっている尊敬する友人。

昨年亡くなられたお父さまから「そんなことはいいから練習しなさい」とよく言われた

という話を聞いた時、

私は親からそんなこと言われたこと一度もなかった!とその環境の違いに驚いた。






 

お互いの背景は違っても、大学入学時に寮で隣の部屋になり(高校の頃から学生コンクールで知ってはいた)、笑って悩んだ濃い4年間を共に過ごし、

卒業後も長年お誕生日おめでとうカードやメールを交換し、

お互い違う苦労をしてきたことも理解し、

折に触れて会うことができる親友は本当に宝物。




 

 

「会ったらすぐに奏法の話しになるのはサリーらしいね」

(中高大“サリー”は私のニックネーム)と翌日のメール。

「こういうのって相手あってのモノだものね。

大学時代から変わらないのが愉快よね☆」とも。

いつも真剣にヴァイオリンと向き合う彼女だからこそ、聞きたいこと、

私が今ようやくわかったことなどつい話してみたくなる。

そんな彼女と大事な演奏会を分かち合えることを幸せに思う。

「演奏会の翌日って夢の中で一日が過ぎちゃうね.。」という詩的なコメントも

彼女ならでは。  ホント、そうよね~♪




 

 

マキシム・ヴェンゲーロフは33歳で肩を壊して一旦引退したのち、復活。

ヴァイオリンをお休みしていた間に指揮や指導で活躍し、

再び演奏に戻って来た時はさらに素晴らしくなってファンを喜ばせた。

世界で一番出演料が高いヴァイオリニストという噂もあり、

実力と共に絶大な人気を誇る。





 

もともと好みではないと言いながらも、

実物に接するとステージから人柄も伝わって来て、

発見がたくさんあったのでした。

演奏後の笑顔のトークでは、ご自身の所有するストラディバリウスの話しや、

その日のコンサートへの感謝などが語られ、

演奏とおなじように伝えたいこと、分かち合いたいことが溢れるように伝わって来る。

素敵な人なんだな、、、と思う。 

生はいいなあ。

CDや動画などではわからない言葉にならない情報が空気から伝わる。

丸ごとその人が伝わって来て、ホールは祝祭となる。



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弾いている姿からは深く深く集中し、内側は炎のように燃え、

どこか武士の真剣勝負の間合いを感じることがある。

深い静けさと、鋭い切れ味と、とてつもないパッションと使命感。

この人も唯一無二なのだ。

 



 

1番ソナタの出だし。

さあどう来るか?と構えて待った。

驚くほど小さな柔らかい音でピアノが始まり(ピアノの蓋はずっと半開のまま)

ヴァイオリンもdolce(優しく)というよりもsotto voce(ささやくように)の質感で始まる。

この第1楽章は各所にドルチェの指示が書かれていて、

作曲家が意図したのはどんなドルチェなのかは悩むところ。

ヴェンゲーロフはどちらかというと荒々しいほどに情熱的な人という印象があったので、

とても驚いた。

故障で休んでいた間に何かが変わった?

当然そうよね。




 

 

リサイタルを行うには大きすぎるサントリーの大ホールでは、

さすがのヴェンゲーロフでも聞こえないか、、、と思われるほど柔らかい音を選んで始めたのは冒険にも思えたけれど、そこは百戦錬磨のソリストの経験から来るもの。

何か意味があるはず。

全体に柔らかい音色を中心に組み立てられ、ヴェンゲーロフなのに意外に思った「雨の歌」。

私にとっては思い入れのある作品なので、

細かいことをどうするのか気になって聞いていた。

やっぱり楽しむというよりは、何を考え、どんなアイディアで?と分析的に聴いてしまう。

各所解釈は違っても、第3楽章の最後は同じ言葉が響いて来た。

作品背景のイメージは共通点が多い。

プログラムの解説も、彼自身が書いているように思う。

共感するとても素敵なプログラム。




 

 

2曲目の第2番のソナタは楽器を替えて。

その日のコンサートは実は二つのStradivariusでという企画。

黄金期(17001720)の「ハンマ」と円熟期 (17201730)の「クロイツェル」。

クロイツェルの方は彼所有の愛器だそうで、むしろ意外だった。

ヴェンゲーロフの音のイメージは、むしろハンマの方。

華やかで強くて輝きのあるハンマ。

優しい響きのクロイツェル。

同じ作者の楽器を同じ奏者が弾いてもこんなに違う!

以前の彼ならハンマを選ぶだろうと思う。

故障という挫折を経て変化して出会ったから、

今の音(楽器)を愛しているのだろうと想像する。

人は苦難を得て大きく成長する。




 

 

静と動をダイナミックに弾き分け、

さすが「帝王」の異名を取るだけある堂々とした風格は、

有無を言わさない自信に溢れていて聴衆を圧倒する。

真のソリストの力を見せつけられた。

 

そう、ソリストの演奏とはそういうものだろうけれど、

自分の理想として頭の中に鳴るものがあまりにも強すぎて、

ピアノとのアンサンブルが悪い。

ピアノのことは聴いていない。そんな必要はないってこと?

リサイタルを聴きに来ているのだから

彼だけ聴いていればいいのだろうけれど(結果私もそうなってしまう)、

ピアノは伴奏、背景でしかなく、

作品全体が見えてこない気がしてしまうのだ。

そこに私の不満がある。

ピアニストもとても力のある人だけれど、

必死で察知しながら苦労してついて行っているという印象だった。

以前TVで観た別のピアニストとのフランクのソナタも同じだった。




 

 

作品世界を楽しみたい者にとっては、ソリストの強さはもろ刃の刃。

本来ピアノの方に主体があるヴァイオリンソナタは、

室内楽としてピアノとのやりとり、

スコア全体を読んだ上での表情の選択、

二人で創り上げるものを私は聴きたいと思う。

ここが好きでない理由。

でもね、これはヴェンゲーロフのリサイタル。普通なんの文句もない。

あなたなに言ってるの?当り前じゃない!という声が聞こえて来そう、、、。

私は全般的なヴァイオリニストサイドの聴き方ではない。(ちょっとピアニスト寄りかも)

でも好みやら、その時その時のこだわりやらは、個人特有のものだからね~。

 



 

そのことを除けば(いや、ほんとうは私にとってはすごく大きなことなのだけれど)、

ぐいぐい引っ張る前進力、

2番の第2楽章のクライマックスでの高音の撚り合わせた金糸のような美しさ、

3番の第2楽章のG線の深い音、

ブラームスらしさにふさわしい豊かな重音、

どれをとっても忘れられない音と表現で、

世界最高峰の素晴らしさを堪能して参りました。

ヴァイオリン音楽の裾野にいる者は、

見上げる山の高さ美しさにため息が出る。





 

一つその日に発見したのは、

1番ソナタと、さらに若い頃に書かれたFAEソナタを柔らかい音色のクロイツェルで弾き、

2番と第3番のソナタを力強いハンマで弾いたことでの印象の違いから、

作曲家ブラームスは第1番のソナタを境に心境の変化があったのではないか?と

思い当たったこと。




 

 

1番「雨の歌」は、敬愛するクララの一番下の息子が亡くなったことに対する慰めの気持ちが第2楽章に託されている。

1楽章も第3楽章も全て、クララへの愛と思いやりに溢れている

クララへの手紙のようなソナタと私は捉えている。

14歳も年上のスターピアニスト クララに対して、ブラームスが出会ったのは20歳の頃。

最初は息子のように可愛がってもらいつつも、彼は尊敬とともにクララに恋焦がれ、

激情は次第に落ち着くものの、その愛は一生変わらなかった。





 

「雨の歌」を書いた頃のブラームスは、念願の交響曲第1番を成功させ、

続いて喜びに溢れた第2番の交響曲もすぐに出来上がり、

作曲家としてエネルギーに溢れ名声も高まり収入も安定し

真の自信に満たされた幸せな時期。

母のような姉のようにも慕ってきたクララに対して、

この時初めて同等の人間として対することができたのが

このソナタではなかったか?とふと思った。

まだまだ勉強中なので、真相はわかりませんが。




 

 

一人の作曲家の作品だけ並べる演奏会は、作曲家に逢いに行くようなものでもある。

私もブラームスへの愛がますます深まった気がします。

ヴェンゲーロフさんありがとう!

これからも身体を大事にして、世界中の人を楽しませてください!

そして、誘ってくれた絵理ちゃんと、この巡り合わせに心から感謝!




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~久しぶりに銀座線を上野で乗り換えたらホームがきれいになっていて、

しかもパンダ! シャンシャンに会いたい♪~

 

 

一旦全快したと思って社会復帰した娘でしたが、

 

昨日施設から帰ってくると咳と喘息音がひどくなり、血中酸素濃度も下がっている!

 

今日は再び自宅療養です。。

 

遠慮なく目の前でゴホゴホする娘から、夫も私も風邪がうつって喉が痛い。。

 

金曜日娘は遠足、私は日中リハーサルと夜はチョン・キョンファのコンサート

 

(今度はブラームスのヴァイオリン協奏曲♪)なので、

 

同じく無理せず体調を整えています。

 

この1週間、看病、台風、その他もろもろで私も睡眠負債がたまり続けている。

 

そんな日はブログ日和なのでした。

 

ヴェンゲーロフのコンサートも咳やらくしゃみの人が多く、

 

前半の客席はひどい状態で気の毒だった。

 

台風や気温変化で体調を崩している人が多いと思うので、皆さまお大事に。

 

 

 

 

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~サントリーホールにアクセスする溜池山王のホームは、駅から音楽が始まっている♪~

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