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2018年8月16日 (木)

お盆に





お盆というと、父の田舎を思い出します。

筑後川のほとりの田んぼの中にあった古い茅葺屋根の家。

その本家は私が小4の頃近くに平屋の大きな家を新築したので、

そこで茅葺屋根の家の思い出は止まっていますが、

裏に流れていたきれいな小川、春はモンシロチョウを山のようにつかまえたこと、

自然が豊かに手を拡げてくれていたあの土地だからこその体験。

囲炉裏の匂い、庭にあった鶏小屋の匂い、温かく新鮮な卵、

香りという脳の一番深いところにつながる記憶ともつながって、

何十年経ってもいつでも思い出の箱から鮮やかによみがえります。



 

 

 

お盆になると親戚が集まり、

10歳離れた従兄が運転してくれる軽トラの荷台に乗って

出かけるお墓参りが特に楽しかった。

わざと乱暴な運転をしてくれて右に左にと軽トラを揺すってくれる

ちょっとしたスリルにキャーキャー騒いだ小学生の頃。

真新しい竹の筒と花、やかん、そしてお線香を持って。

孫たちそれぞれに、袋いっぱいのお菓子を用意して待っていてくれた祖母の笑顔。

帰り道、車中から見る筑後川の土手の神々しいばかりの夕暮れの空も、

何度も深く心に刻まれた景色。

私がこの近所の田んぼの風景が好きなのも、

子供の頃の田舎の思い出から来ています。





 

先日、5月に旅立った娘の同級生のお参りにようやく伺えました。

515日の深夜、さあ休もうと思った時間に

夫の天然石のブレスレットが切れた。

まだ作って1年なのに? なんとなく嫌な予感、、、。

何事もなければいいのだけれど、、、という思いがちらっと頭をよぎった。

2日後の金曜日の夜、娘の同級生が亡くなった知らせが彼のお母さんから届いた。

ちょうどブレスレットが切れたあたりの時刻に息を引き取ったそうで、、、。

一人月曜日のご葬儀に行くつもりが、

その朝娘が発作で疲れて寝てしまって行けなくなってしまった。

「もしかして、あなたも一緒に行きたいから?」

やっぱり二人で行かねば。




 

 

筋ジストロフィーと闘っていた崇裕くんは、中3の時に肺炎で入院して以来、

ずっと病院暮らし。

高校卒業までは何度か娘とつくば大病院にお見舞に行ったけれど、

その後埼玉の専門病院に転院してからは年賀状だけのお付き合いになっていた。

知的には何の問題もなかった崇裕くん。

自分の病気のことをどう思っていたのか?ずっと考えていた。





Photo

 



~崇裕くん作「海の中を舞う蝶」。

「友情の絵はがき」コンクールに入賞した記念の作品。 

ご家族から許可をいただいて掲載~




 

 

ある時予告なしにお見舞に行った際に、

心拍数のモニターが急激に上昇し、心のうちを数字と音が知らせる。

もちろん表情を見るだけでもびっくりしているのは伝わってきたけれど、、、、。

だしぬけのお見舞でドキドキさせたみたい。

驚かせてごめんね。

それ以来、、、。



 

 

 

実は彼の弟さんも同じ病気と共に生きている。

初盆のお参りに伺った時に、「兄はみなちゃんのことをよく話していました」と

穏かな弟さんが話してくれた。

彼のお母さんも「みなちゃんはみんなの人気者だったから」と笑顔で後押ししてくれる。

崇裕くんのご家庭で、うちの娘の話しが出ていたなんて、、、

母親としてとても嬉しい気持ち。

もちろんうちの家族でも崇裕くんのことを折に触れて心配していた。



 

 

 

ご仏前に持参したのは、一番好きな「くろねこかしや」の焼き菓子。

ここのお店は材料にこだわり、店主の女性がこつこつ一人で作っていて、

とても優しい味がする。  

全て手作りなので家庭でいただくには少々値が張るけれど、

少量で満足する美味しさに心が満たされる。

「お花もいいけれど、食べられなくなっていた崇裕くんには

お菓子の方が喜んでくれるかなと思って」と伝えると、

お母さんが涙ぐんでしまった。

崇裕くんのお母さんとは、いつも学校のお迎えの時に昇降口で立ち話をして

お互いの子供の体調を気遣う仲だった。

うちも大変だけれど、彼のお宅はもっともっと大変なのだ。





 

崇裕くんも弟さんも、若いのにどこか僧侶のような雰囲気を持っている。

穏かで聡明で優しくて落ち着いていて、悟っているかのような空気を纏っている。

彼らは自由には動かせない身体の中で、いつも何を考えているのだろう?と思う。

具体的なことは聞けなかったけれど、

落ち着いた声とその存在から醸し出される空気で、

彼らの内側が伝わって来たように思う。

他の誰も持っていない、

どこか忘れられない清々しい存在感を伴う余韻が心に残る。



 

 

 

保育士をしているという綺麗なお姉さんがいらっしゃって、

お母さんは心のどこかで頼りにしているのでは、、と勝手にちょっとホっとした。

健常な兄姉は、親にさえわからないそれぞれの重荷や辛さはあるのだろうけれど、

一般社会とつながる若いエネルギーは、家庭に社会の風を運んでくれる。

特別支援学校を卒業して以来3年ぶりに会って、

初めてお宅を訪問して、

そしてこれからはもう会う機会もないのかもしれないけれど、

崇裕くんとご家族は、むしろずっと私と娘の中に生き続けるのだと思った。




 

 

妹、父、祖母、従兄、親戚、友達、お世話になった先生、、、

向こうの世界にはたくさんの懐かしい人たちがいる。

生きていた時、その人はその人のものだったけれど、

あの世に却ってからは、記憶の中のその人は私の中の人にもなり、

むしろ近く感じる。

それは私の中だけで感じるその人だからということなのか。

亡くなった人の思い出はいいことばかり。

感謝と共に笑顔だけを思い出す。

今はもう会えないけれど永遠に私の中で生き続ける人たちのことを想う

お盆という時間があることを、改めて有難く思う。






Dsc_2093

 

~お盆には実家では必ず母が白玉だんごを作ってお供えしていた。

私も子供の頃から手伝っていた。

その習慣を受け継ぎ、今年も父と妹と一代前の文鳥の写真の前に置く。~

 

 


 

帰り際、崇裕くんのお母さんが「今度家族で箱根に行くんですよ」と

嬉しそうに言っていた。

これまではきっと旅行もままならなかったと思う。

病院にいる子を残して他の家族だけで出かける気分にはなかなかなれない。

弟さんも一緒に行くとなると、器具やサポート体制やらいろいろ大変だろうけれど、

元気な家族は出かけた方がいい。

うちの娘の主治医も「どんどん出かけてください!」と言う。

介護には終わりがない。

リスクに怯えて縮こまっていてはいけない。




 

 

楽しみが先にあると毎日に張り合いができる。

新しい場所の空気と景色は心と体をリフレッシュしてくれる。

脳は新しいことを好む。

出掛けた後も共に思い出を語り合える。

一粒でいくつも美味しい。




 

 

障害や病気と生きている人も、その家族も、年老いた人も、

できるだけ家に閉じこもらずに外に出かけた方がいい。

私も昔、娘に重い障害があるとわかってからは、

彼女が私と同じことができるようになるまでは、自分の好きなことは封印し

もうヴァイオリンは弾かないと思った。

やれる限りの療育を頑張り、

けれどもいくら頑張ってもできるようにならないこともあることを悟り、

あるがままを受け入れるのには時間がかかった。

でも、その大変だった時間は、多くの手助けしてくださる方に囲まれた

とても尊く温かい時間だった。



 

 

 

障害や病気の家族と出掛けるためにはそれなりの準備が必要で、

さらに日常以外の大変さを抱えることになるわけだけれど、

障害があっても病気でも歳を取って不自由が増えても、

幸せになければならないのだ。

もちろん子育て奮闘中の人も、バリバリと仕事を頑張っている人も、誰もが。

世の中には機嫌の良い人が必要。

気分はうつる。

大丈夫、私たちは小さなささやかな幸せをみつける達人になっている。

私がプロフィールに「障害のある娘の療育のために10年間活動を休止」と

わざわざ書いているのも、

そういう人でも誰でも弾いていいよ、自分らしく生きていいよ と表明したいから。

同じような境遇の方に、子供、家族のためにも

親が笑顔で元気でいることが大事だと伝えたいとこの頃特に思う。




 

 

世の中の出来事を見ていてよく「どうしてこんな人がこんな事故、事件に遭って、、」と

思うことがある。

因果応報なんていう説明では納得できないことが多々起こる。

まるで、たまたまくじを引いてしまうように不運に出会うこともある。

我が身を振り返ることも大事だけれど、

今あることに感謝して前を向いていつもの毎日を生きていくことの方が、

もっと大事だと思う今年の夏。

お盆は亡くなった人を想うことで教えられる特別な時間を過ごしている。





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