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2018年7月 7日 (土)

ラジオと映画の一日



木曜日、梅雨の戻りのお天気。

気温も湿度も高い気候は辛いけれど、身体と心の準備ができていないうちに来てしまった早い夏から、ちょっとほっとできる。

例年だと散々曇り空と雨が続いて、「梅雨明けです!」と天気予報が告げた日の青空が

何とも嬉しく思うのに、それがないまま先に季節が進むのは、

どうも身体が納得していない感じです。


 

 

 

なので、今日(木曜日)のこのお天気はむしろ大歓迎。

昨日は近所の小学校の乾いた校庭が強風で巻き上げられ、砂ぼこりが舞い上がっていた。庭の木々も街路樹も、久しぶりの雨を喜んでいることでしょう。

大気の状態が不安定なせいか、気圧には問題ないのにうちの娘はこのところ発作が多い。

仕方ないよね。。

良い日も悪い日もあるのは、自然の常。

いつも同じようにいくわけはない。その日その日で対応するしかない。

ということで、朝からブログなんて書いています。




Photo

 

 

 

~夫のカエル写真。早い梅雨明けの暑さで、カエルたちはどうしているかな~?と気になっていました~

 

 

 

火曜日、つくばラヂオ(FM84.2)で

720日の朝コンの宣伝をさせていただけるということで、

1130からの生収録に参加。

打ち合わせなしのアドリブで、朝コンから3名お邪魔して好きにしゃべって来ました♪

 

 

 

5月の朝コンノバスペシャルに来て朝コンに感動したと言ってくださる

つくばラヂオパーソナリティーの田中いづみさんが、熱い視線を送ってくださる。

朝コンというコミュニティに共感してくださっているのがとても伝わってくる彼女の司会に支えられて、気持ちよく会話が弾み15分の予定が24分に拡大しての生放送。




 

 

次の本番は720日(金)1030開演の「第131回つくば朝のサロンコンサート」です。

131回も続いているってすごいでしょ!

私は前半にブラームスのヴァイオリンソナタ第1番「雨の歌」を、

そして後半はニーノ・ロータのクラリネット、チェロ、ピアノのトリオと「ゴッド・ファーザー愛のテーマ」という異色の組み合わせ。

なので、タイトルは「音の万華鏡」。

 

 

ラジオでも話しましたが、ブラームスはイタリアが好きだった。

特にこの「雨の歌」を作曲したのは初めてのイタリア訪問の後。

寒くて暗い北ドイツに生まれたブラームスが、生涯イタリアに憧れたのはなるほどと思う。

もし生きていた時代が重なっていたら、大ブラームスもニーノ・ロータの音楽を評価したかもしれない、、、などど想像するのも楽しい。

ブラームスは渋い作曲家とのイメージだけれど、ヨハン・シュトラウスが大のお気に入りだったし。




Dsc_1995

 

 

と、ここまで書いたところで娘が発作後の眠りから覚めたので、

朝食を食べてもらい、施設に送って行く準備をし、市役所、銀行、郵便局、リフォームの受け取りなどの用事を済ませて家に戻る。

今日は午前中に落ち着いて練習するつもりだったのに、帰って来たのは1230過ぎ。

またまた予定変更の一日です。午後のスイミングはお休み。

 




 

今週火曜日の話の続き。

ラジオ収録の後、即学園西大通に面しているイオンに移動して、「フジコ・ヘミングの時間」を観に。

ラジオ収録の20分のためにだけつくばに出向くのももったいなく、

何か楽しい用事をくっつけたいと思う欲張りな私です。

それで、先日BSで観たフジコ・ヘミングの映画をやっているのを知り、

時間もちょっと遅刻するくらいで何とか間に合うので車を走らせた。

 

 

fuzjko-movie.com/

 

クラシックを専門にやっている人の中では、

実はフジコ・ヘミングの評価はあまり高くない。

「フジコ・ヘミング好き」とでも言うと、たいてい怪訝な顔をされる。

「あなた趣味悪いわね」とか「わかってないの?」みたいな目を向けられる。

特にピアニストからは。



 

 

実は私もしばらく聴いていないのだけれど、、、、。

たしかに、間違いが多いとか、テンポが極端に遅いとか、

アカデミックな世界からはちょっと遠いところにはいる。

みんなミスしないように神経を尖らせている。私だってそう。

大きく外すと穴があったら入りたい気分になる、、、。

あそこもここも、と自分のミスを数えていたら、弾けなくなるくらい皆気にしている。

が、彼女は開き直っている。

しかも一般のお客様にはミスがわからないこともあって、

それでも「素晴らしい」の声が聞こえてくると、

許せないような気持ちになるのもわかる。

彼女とそれを取り巻く世界は、専門家にとって感情的にとても難しい問題を孕んでいる。

というわけで、一回書いたものをもう一度書き直してup。

嫌われませんように~~。ドキドキ、、、(*_*;


 

 

 

彼女のテンポも含めて解釈は独特のものがある。

でも、その独特の世界を私は楽しむ。

皆自分が弾く曲は自分のイメージがしっかりあって、

「これしかない!」と思っていたりするものだから、

他人の演奏はなかなか楽しめないのです。

私もヴァイオリンの演奏はたいてい勉強の気持ちで聴いてる。

どんな指使いで弾いているのか、どんなボウイングを付けているのか、

そこからどんな音が出て来るのか、何を考えているのかを聴いている。

よっぽど心をつかまれる瞬間がない限り分析的に考えしまい、

最後まで冷静に聴いているだけで終わることが多い。

そういう意味ではつまらないものです。。お客さんになれない。

でもね、自分はそうは弾かないとは思ったとしても、

弾いている人へのリスペクトは忘れてはいけない。

勉強は難しい側面を持っている。

反して、弾いたことがない曲は新鮮に楽しめます♪

 

 

 

 

ピアノの曲になると、弾いた曲がそれほど多いわけでもないから、

音が汚くなければ素直に楽しめることが多い。

でも、フジコさんが弾いたドビュッシーの「月の光」(6月のコンサートでもアンコールで弾いた)は、私が思うところと全く違うのに心に沁み渡った。

 

 

 

Dsc_1982



~イオンの正面玄関前の植栽は凝っていて、小川を再現してあり、

ギターの音楽が聞こえてきたり、、と

記憶の中の真夏のバカンスを思い出させてくれた♪~


 

 

 

20年ほど前に最初のブレイクがあった際に、彼女のCDを買って聴いていたところ、

夜作業をしながらかけ流していたのに、耳が留まり手が留まり、聴き入ってしまった。

この人の音は、正しいとは何かを超えて心に響くものがある。

 



 

 

「どうだ!」みたいな押し付けが何もなく、

派手なパフォーマンスで人を圧倒することもなく、

ゆっくり目のテンポで進んでいく音楽は、たゆたう水のよう。

フジコ・ヘミングという音楽の海を漂っているリラックス感を楽しむ。

 

 



 

無理がない。

誰かに聞かせようとか何か作為的な思惑は全くない。

その時の想いのままに奏でている。

静かな足取りで。

彼女が一人で過ごした長い長い夜の積み重ねが聞こえてくる。

私も聴きながら自分の中に降りていく。

そこには一切の虚飾がない世界が拡がる。



 

 

 

誰のために弾いているか?ともし問われたら、

それは神様のためなのかもしれないと思う。

彼女はクリスチャンだし。

でもキリストの神様だけでなく、音楽の神様と対話し祈りを捧げている音楽。

そして、苦労多い人生を経てようやくつかんだ成功。

彼女の音には今までの人生で得たものそれを超越したものが詰まっていて、

そこに多くの人が自分を重ね合わせ共感しているんじゃないかと思う。

 

 

 

私も重い障害と重いてんかんを持つ娘を抱えているものだから、

人から相談を受けたり悩み事をぽろっと話してもらえることが度々ある。

このところも何人からも本人の病気や家族の心配や、

様々な人生の一端を聞かせてもらう機会が多く訪れた。

みんな自分の人生の宿題に一生懸命向き合っている。

フジコさんの音は、そんな私たちへのエールにもなっていると思う。


Dsc_1981

 

 

 

映画は彼女の演奏とインタビュー、そして下北沢、京都、パリ、ベルリンにある自宅について、章立てて進められていく。

演奏と語られる言葉はもちろんのこと、彼女の住まいがフジコ・ヘミングを語るのに驚く。

フジコ・ヘミングという生き方、スタイルがそこにあるのを見る。

 

 

 

個性的で素敵な室内を映像で見ていると、

ふと演奏もショパンやリストやドビュッシーを弾いているのではなく、

フジコ・ヘミングを奏でているのだと気づく。

 



 

彼女はマネージャーも付けず、自分でファックスと手紙を通してやりとりして

演奏活動を続けている。

独立している女性。

しかも最も自分が好きなことをしてという理想を生きていることに、聴衆は憧れを感じる。

80歳を超えるというのに世界各国を回り、年間60回ものステージをこなしている。

移動だけでも体力的に大変だと思うのに。




 

 

階段は手すりにつかまって一歩一歩上がり、

背中は曲がりピアノを弾かなかったら年老いた老婆でしかないのに、

独特の衣装に身を包みステージに上がりピアノの前に座ると、

太い指大きな手からは心に届く音が生まれ出る。

会場の人は音から伝わって来る、彼女が送ってきた人生と今の彼女に

共感の拍手を送る。

でもそれは、同じように頑張って生きている聴衆自分自身への励ましの拍手でもある。

 

 

 

月曜日の深読み会で、東京から参加しに来てくれた同級生が、

6月にホームコンサートで弾いたというプログラムの中から4曲ほど小品を聴かせてくれた。

「忘れかけているかも、、」といいつつも、

一音一音楽譜と自分に問いかけて作り上げた音楽はしっかり身体に残っていて、

目の前の人が届けてくれる豊かな世界を楽しませてもらった。

彼女も自分を音にできる人。とても素敵だと思う。

私もこんな風に、たとえホームコンサートでも

もっとしっかり楽譜と向き合う演奏準備をしなければ!

心から出るものは確実に伝わる。

今週聴いた二つの音からそんなものを改めて思った。



Dsc_1989

 

 

 

~火曜日の帰り道。近くの川を渡る前にシャッターを切る。

こののどかな眺めも、もし豪雨にでもなったら心配の種に変わってしまう。

息子が住む場所は警戒警報が鳴り、会社も午後は休みになったそう。。

近畿地方、九州地方の皆さまがご無事でありますように!




Dsc_1987

 

 

 

 

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