2020年2月22日 (土)

初めての散歩

 

昨日、骨折以来初めてのお散歩に。

火曜日に車椅子を使って二人で出かけるのにえらく手間取って気が重くなって、

今後どうしよう、、、と思っていたのに、

昨日はまたまた娘がどんよりしていたものだから

母としては耐えきれず、

もうこうなったら外に出て気分転換しかない!と決意。

幸い外は暖かく風もなかったので、

車椅子で頑張って行って来ました!

 

 

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そう、これから暖かい日はぜひ車椅子でお散歩を、と思っていたのです。

ただ、相変わらず家から外に出るのに時間がかかる。

スロープを使うのに慣れず、

ズレて落ちたらどうしよう(>_<)と思うものだから、

慎重に慎重に、、、

そして、重い!!!

実に母の筋トレになっています!

 

何とか出かけて、

まずは郵便局で用事を済ませ、

その後どのコースにしようか?考え、

やっぱり見晴らしが良い場所がいいよねと思い、

町内の外れの開けた景色に向かう。

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まあ~田舎ね!と思われるでしょうが、

これが良いのです♪

都会には住めない私。

 

しばしここで娘は日光浴。

私は家を出るのに大汗かいて、

車椅子を押すのもきっと暑くなるだろうからとコートも着ずに出かけた。

じっとしているとちょっと寒くなるので、軽い運動。

スクワットやかかと落しなど、高齢者向けの体操を(+_+)

誰も見てないよね、、?

 

しかし、こういう景色は心の中の曇りが晴れるもので、

外の新鮮な空気を吸って、

お日様を浴びて、

手軽な気分転換。

 

相分からず家から出るのに時間がかかるものだから、

散歩は1時間半近くといっても、

その半分近くはもたもたと家から門までの時間。

明日、夫にスロープの上手い使い方、あるいは対策を考えてもらいます。

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日々介護になんだかんだと大幅に時間が取られていますが、

どんよりした娘の表情をそのままにはできない母です。

少ない練習時間に最大限の集中で頑張るしかない!

あなたの笑顔が何よりの幸せ!

 

だって、帰って来て遅めのお昼ごはんの時に

「お散歩楽しかった?」と聞くと

母に笑顔を向けてくれた。

それだけで報われます。

それに、ケアマネさんが「今の状態は重度訪問介護に該当するので、手続しましょう」と

提案してくれた。

有難い!

 

風の日や、雨や曇りの日は出かけられないので、

貴重な暖かい晴れの日は大事な散歩の時間を確保しようと思う。

 

帰り道の公園に馬酔木が咲いていた。

うちのももう咲いてる?

帰ってみたら、しっかり咲いていました。

週末の食料品の買い出ししか外に出ていないので、

そんなことも気が付いていない。

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昔、娘まだ娘が歩けなかった頃、

機能回復訓練に励んでた頃も、

ゴミ出し以外は平日外に出ない生活をしていたことを思い出す。

あの頃はヴァイオリンは完全にやめていたので、

今は本番が控えていて、練習ができるだけでもいいよねと思う。

 

これからリハーサルの際は、居宅介護や、施設の一時預かり等もお願いしている。

施設は3月から週に1回利用させてもらって、

お互いにお試し期間で慣れていく予定。

少しずつ娘の社会復帰の道は見えて来ています!

一歩ずつ一歩ずつ。

勉強も一歩ずつ一歩ずつ。

 

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~友人が写メを送ってくれたクリスマスローズ。

下向きに咲く花が上を向いているのを見ると、元気をもらえる~

 

 

2020年2月19日 (水)

療養生活2020

 

退院して自宅での生活が始まった翌朝、

ベランダから見るお隣の梅の花は、ポップコーンのように弾けて咲いていました。

あ~帰って来た♪

春が早い今年。

 

去年も同じく、この時期は娘の骨折療養中でした。

このタイトルでブログを書いた記憶があるので、2020を付けました。

退院後、ブログもご無沙汰でした。

ご心配おかけしていましたらごめんなさいm(__)m

毎日ほぼ同じことの繰り返しのとても単調な生活ながらも、忙しく過ごしています。

なにせ、まだチラシを送る作業が半分も終わっていません。。

 

朝食が終わったら洗面器とペットボトルを使って手と足を洗う。

その後、72%カカオのチョコ一つとミキプルーンと

大豆プロテインを飲むのが娘の日課です。

朝晩の食事の時は気温の変化が多い時間帯で発作のリスクがあるため、

夫も私も娘のベッドの傍に小さなテーブルを持って来て、3人集まってベッドサイドで食事。

ちょっと合宿、キャンプ気分?

お昼だけは車椅子で移動して、日を浴びるダイニングテーブルで食べる。

 

 

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夕食後お腹が落ち着いたら、親二人が両脇に付いて歩行練習。

と言っても、暖かいリビングダイニングのみを歩くのでは、ほんの少しだけ。

でも、毎回ちょっと嬉しそうです。

「歩きたくない」は言わないから。

その後掃除機をかける。

リビングのカーペットに私の布団を敷くので。

娘の身体を拭いて着替えさせ(着替える服も温める!)て灯りを消し、耳栓をして就寝。

親は努めて静かに過ごす。

 

 

病院に入っている医療機器メーカーの介護レンタルベッド、とても良い!

昇降するのでオムツ替えで腰が痛くなることもない。

二日に一度髪を洗ってあげるのもベッドを高くできるから、

これまた腰痛になることはない。

栗原医療機器のは、大手有名のメーカーレンタルベッドの半額で借りられて

とても助かっています。

 

車椅子操作も慣れました。

昨日は退院後初の通院日。

930の整形外科予約なのに、大幅に遅刻。

家を出るのに四苦八苦し、家→車と移動するのに20分もかかってしまった。

もちろん、我が家はガレージまで20分もかかる大邸宅なわけではありません。

 

玄関や門までのアプローチにあるいくつかの段を、

3日前にネットで購入したスライド式スロープを使って安全に、

非力な私でも補助できるようにと思ったけれど、

そう甘くはない。

 

初めて使うから時間はかかって当然でしょうが、

3回配置を替えながら慎重に車椅子をスロープに乗せるのは、

落さないか?となかなか緊張しました。

慣れたら半分の10分で済む?

あるいは熟練したら5分で終わるようになる?

 

しかし、雨の日はどうする?

寒さに凍える日は?

と、考えたら憂鬱になって来る。

しかし、スロープがあっても結構な力が必要な車椅子介助は、

きっと筋トレになって母の健康を支えてくれることでしょう。

(と、思わないとやっていけない!)

 

スロープを伸縮するガチャンという音を耳元で聴いただけで小発作になり、

(ガラスのような人です、、、(+_+))

20分も外に居たら、そりゃ寒くて発作のリスクが増えるね、、、とあ~~あの気分でした。

初めてのおつかいならぬ、初めてのお出かけは、それなりの緊張があり、

整形外科、リハビリ、小児科(最初に罹った科を継続で)、薬局とはしごして、

家に着いてお昼ご飯を食べられたのは1430

 

車椅子から車の後部座席に一人で乗せるのは、夫が居る時に何度か練習して、

慣れていたのは良かったけれど、

昨日なんだかんだで疲れてしまい、足湯をしてあげて、食器を片付けたら私もお昼寝。

夜は来客の予定もあったため、練習はできず。。

さらに、昨晩カボチャを切っている時にうっかりしていて、

左手の人差し指の爪+指もちょっと怪我してしまい、

今日も弾けない。

一晩で傷口はふさがったので、明日には弾けるようになるでしょう。

 

何もしなかったらなんてことない傷口。

でも弾こうとするとさすがに痛い。

無理して弾けなくもないけれど、再び傷口が開くとやり直しになるので、

今日は諦め、ブログと宣伝作業に充てることにしたというわけです。

 

時間が薬の骨折療養。

去年は骨の生成のための栄養を!!と頑張り過ぎて、

結果娘は太ってしまったので、

今回はオムツのテープの位置で太り具合を見ながら、

あまりたくさん食べさせ過ぎないように気を付けています。

動かないから太りやすいでしょうしね。

でも、たまには好きなスイーツなどないと、あなたも心がしぼんでしまうよね。

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~傷口もほぼきれいに。足湯の時も、ベッドの昇降でちょうどいい高さに調整出来て便利。~

 

 

その後の発作は、

家に帰って来たらこの冬一番の寒波に見舞われ、

入院生活最後の頃のような

発作が画期的になかった感じとは違ってしまいました。。

 

大発作まがいに、両手が上がり目が白くなる状態が5秒で納まるというタイプに変化。

たいてい1回で済んでその後回復は早いけれど、

毎回「大発作になってしまうの!?」と緊張するので、

神経がすり減ります。。

常に発作にならないかアンテナを張っている状態。

何といっても一番の心配は発作。

これさえなければ!!

でも私痩せないなあ、、、。

 

入院中の最後に撮った脳波については、

昨日の診察で「良くなっています!」と言われ、主治医は喜んでいたけれど、

今はどうかしらね、、、。

まだまだ薬の調整は続きます。

てんかんの薬の調整はとても難しい。

諦めません!

次回の診察は1か月後。

 

発作表はかれこれ10年以上付けていますが、

もっと詳細なデータが必要かなと思う。

気温、気温差、気圧、天気図、睡眠時間、もしかしたら、何を食べたかも?

コンサート後に取り組みたい。

母である私にしかできないこと。

他にも家のことなど懸案が山積みです。

 

家に戻れて喜んでいた娘。

帰って来て二日目の朝、私が二階のベランダに洗濯物を干しに行っている間に

スマホのモニター画面を見ると立ち上がる娘の姿が!!!

ダーッと駆け下りて来る間に、娘の「あ~~!」という声が。

何か痛かったのかしら。。きゃー(>_<)

でも、昨日のレントゲンは「いいですね」で、アッという間に診察が終わりました。

 

 

たいてい、私が見ていないのを見計らって、何かやらかしてくれます。

その後、そのテーブルはベッドと繋がれ、

一人でどこかに行けない状態に。

「わたしには自由はない、、」と悲しんだのか、

表情が優れません。

「この生活いつまで続くんだろう?」と思っているのかな?

先が見えないのって、辛いよね。

横浜に停め置かれていたクルーズ船の乗客の気持ちの一部がわかる気がする。

 

いつ倒れるかわからない人を、一人ではもちろん、

一人付いても倒れて骨折になるのだから、

これから彼女はほぼ車椅子生活になります。

でも昨日のリハビリで、

歩行器を使って歩くだけでもちょっとハアハアして運動になる様子なので、

健康のためにはこれから毎日、

歩行器を使っての歩行練習はさせたい。

昨日病院で主治医の意見書をいただいて帰ってきたので、

これから福祉課に申請して、施設用の歩行器の準備に入ります。

家の中はそんなものを使って歩くほどの広さはないから、なくてもいいかな、、、。

 

今相模原の障害者施設での事件の裁判が行われているのを報道で見るけれど、

あの中で語られている母親の気持ちは同感です。

息子から以前「彼女がいなくなったら、お母さんは鬱になる」と言われたけれど

すぐその後に「いや、鬱で済めばいい方、、、」と夫。

命は与えられ、生かされるもの。

意味のない人生はない。

ただただ、与えられた運命を生きるのみ。

そこから学ぶために。

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~いただき物の胡蝶蘭のつぼみも膨らんで来て~

 

 

 

この前の日曜日、美容院に行っていつもの美容師さんと話をしていたら

「森さんって、ポジティブですね!」と言われた。

そうかな?

私あまりポジティブシンキングって好きではない。

嘘っぽい感じがして。

 

もともとの私は心配性で、どちらかというと悲観的な方。

でも、一回その悲観的な気持ちを吐き出して自分で眺めたのち、

いや、でも、骨折しても、頭を打たなかっただけよかった、とか、

階段でなくてよかった とか、

まし に思えることを探して自分を慰める。

そして、最後ありがとうと思えることに心が行き着くと

なんとか気持ちが収まる。

 

泣きもするし、落ち込むし、気も滅入る。

批判精神も旺盛。

熱くなりやすいけれど、意外に冷静でもある。

気持ちに蓋をするつもりは全くない。

自分の感じていることを無視するつもりは毛頭ない。

感じていることを、ないこと、見ないことにすると、

自分がわからなくなる。

 

人に言わないだけで、世の中みんな大変なんだ、、、と思って生きているけれど、

いや、そうでもない人も案外いる?

毎日が大変な我が家は、世の中の多くは実は平穏に過ごしているように見えて仕方ない。

あ~こんなこと言っている時は、ちょっと滅入っているのよね。

すみません。。

 

 

今日は発作が心配なことがあり、その後もずっと娘の表情が暗いので(つまり脳波が乱れている)、

私の気持ちも暗くなる。

戦々恐々としていると、神経をすり減らしますね、、、。

たまには後ろ向きな発言もお許しください。

考え方を替えなければ。

気持ちを切り替えられるのは人の特技。

ほぼ、自分に言い聞かせているね。

 

でも、先のことを心配するのは、備えるため。

対策を考えて準備して、それでも防ぎきれないことを山のように体験して来た。

時には一番の不運が、最大の幸運にくるっと向きを替えることもある。

あるのは、体験と、それを感じるチャンス。

 

全ては音になると信じて。

そしてそれを分かち合うための音楽を。

私の本番を喜ぶ娘のためにも。

 

音楽は私の最大の慰めです。

まだ思うようには弾けていなくとも、

頭の中にある音を現実にしようと努める小さな作業は愛おしい。

苦しくもあるけれども、日々小さな変化と成長があるのが嬉しい。

 

今回のコンサートの頃、新型コロナがどうなっているのかわからないので、

チケットは予約で受付、

当日お支払いいただくようにしたいと思います。

もちろん、マスク等もご用意いたします。

とりあえず、安心してお申し込みくださいね。

みんなが元気になれるコンサート、

心配や疲れが癒されるコンサートを目指して頑張ります!

 

 

Luna Classica が贈る音楽の花束」

44日(土)14時開演 つくば文化会館 アルスホール

 

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2020年2月 2日 (日)

退院します!

 

 

明後日火曜日、入院からちょうど1か月で退院です。

救急車のお世話になるお騒がせの娘のわりには、

意外に入院はあまりなくここまで来た方ですが、

今回は今までで最長でした。

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~殺風景な病室に、夫の写真を持ち込み、友人からもらったお花のカレンダーと共に飾る。

娘が身体を起こすと目に入る位置に~

 

 

14年前の転倒による左大腿骨骨折の時も、1か月は居なくてよく、

その次に長い入院は中2の時の喘息での2週間。

発作と怪我以外は、病気にもかからず実は元気なんです。

 

でも、今回の入院は手術だけでなく、

てんかん発作多発に怯えて病院に居れる安心感で救われていました。

 

お正月2日の明け方から、ほぼ5日おきにてんかんの大発作が4回も来た!

ここまで大発作が頻発したことはなかったので、

怖かったこと怖かったこと。。

ダイアップを使っていいのは、薬を使って45日経ってから。

その間に再び使ってしまうと昏睡に陥ると主治医から言われているというのに、

もし5日以内に大発作が来たらどうする、、?

 

でも、病院にいるから救急車呼ばなくていいから一番安心、と自分をなだめ、

そんな中何とか本番もこなし、

夫に頼んで予定通り沖縄にも出かけ、

まあいろんなことがあったなあ~~と振り返る1月でした。

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~私が昔々、中1の頃に好きだった料理と手芸の愛読書も病室に持ち込む。

「赤毛のアン」の中に出て来る場面に合わせて展開していく

夢いっぱいのこの絵本を出して来たのは、一体何十年ぶり?~

 

 

 

私が沖縄から帰って、タッチ交代で夫が撮影旅行に出かけている間に

娘はひどい下痢と高熱に。

ノロ?インフル?と心配しましたが、検査結果は陰性。

何かにあたった?

「生もの食べましたか?」と聞かれ、

私たち親の夕食に買って来たスーパーのお寿司から娘の好きなまぐろをあげた

あれがいけなかったと後で気が付いた!

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~娘へのお土産は、美ら海水族館で買った小さなカメ(箸置きだったみたい)と珊瑚のかけら。

 

 

食べて10分ほどで早くも下痢が始まり、

38.9が二日続き(途中一旦下がる)完全に熱が下がるのには3日を要しました。

ぐったりした娘が可哀想で。

骨折の手術とはいえ、気管挿入した炎症で術後は微熱が続いていたのだし、

どこか弱っていたのでしょう。

こういう時は、よその物は食べない方がいいのね。。

その後数日喘息音も出て、しかし血中酸素は安定しているので謎。

新しい薬の副作用?

なんだかいろんなオンパレード。。

 

しかし、よかったことは、てんかんの薬の調整ができたこと。

4週続けて毎週火曜日、主治医の診察を受け、微妙に調整しながら新しい薬も加え、

今画期的に落ち着いています!

下痢と高熱でデトックスができたのも、もしかしてよかった?

 

日中のバタンと倒れる発作がなくなったのはもちろん、

大発作もなければ、

小発作もほとんど見ることがない。

しかし、寝ている間に発作を起こしているようで、

眠りがけはよく目を覚ましたり、びくっとしています。

今までとは発作のタイプが少し違う。

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~一日おきに、寝たまま髪を洗う。

オムツを二つ拡げて、ペットボトルのキャップにいくつもの小さな穴を開ける。

お湯を少しずつかけて、ドライシャンプーを流す。さっぱりして気持ちよさそう。

これ、非常事態の時にも役に立ちそうよ。~

 

 

ほぼ眠り姫でほんとうによく眠る。

病院は刺激がなくてつまらないから、、、で済ませられるのか?

これも発作の影響?

それとも薬の副作用?

 

まだまだわからないことは多くとも、

とりあえず目を覚ませば落ち着いて穏かな笑顔で過ごせ、

目に見える発作がないのだけでも平和です。

大好きな演奏のCDがバックに流れているのも、

この部屋の空気を美しく整えてくれていると感じる。

 

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~うちの息子のお嫁さんがくれたナッツのはちみつ漬け。

今朝食のデザートに食べるのが日課。

娘も好きなようで、置いておくと勝手に開けてスプーンですくって食べている。

はちみつは腸内細菌のえさになるし、ナッツは健康にいい油!~

 

 

私はというと、

本番が終わった翌日から沖縄に出かけ、

帰ってきたらまずブログ。

1月はなんと7回も書いていました!

 

そして次はチラシ、チケット作り、そして印刷入稿。

できたら即、アルス、ノバ、

チラシをお世話になっているナチュロアロマチカさん、

フラワーさん、

スパイスガーデンさん、さくら坂ビバーチェさん、

そして公民館に届ける。

 

まだ届けられなかったお店もありますが、

退院すると平日は家から出られなくなるので、

とにかく人目に触れるよう、

行けるだけチラシを置きに行く。

今回は今までで一番華やかなチラシに

宣伝頑張ってもらいます(^^

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~病院内には名画のポスターが額に入れて飾られている。

セザンヌが多いのは院長先生の好?

たしかに、素朴で力強くて元気をもらえる気がする。

介助があれば、右足を軸にして車椅子に乗れるようになった娘と、人が少ない場所を散歩~

 

 

 

たまたま1月末に自分の定期検診も二つあったり、

日中は夫に付き添いを頼み、いろんな外用事を済ませ、

家に帰ると洗濯、ちょっと片付け、荷物の準備、一日おきにお風呂、

持って行く夕食の準備

と、飛ぶように動いていました。

 

結局本番後、ほとんど楽器に触れられていない。。

週末の生徒さんのレッスンの時にちょっととか、

30分だけ練習とかでした。(+_+)

退院したらさらうぞ~~!!!

 でも、楽譜はずっと見て頭の中では練習してました。

 

 

それに、お風呂が2階にある我が家で、

今後娘が安全に暮らせるか?の疑問から、

どこかバリアフリーなところに引っ越す?という案も浮上し、

ただ今いろんな可能性を検討中。

考えなければならないことが山のようにあります。

 

 

4月は

4日(土)に今年の企画コンサート「音楽の花束」

12日(日)に生徒さんの発表会♪

19日(日)は水戸で行われる茨城桐朋会演奏会への出演依頼もいただき、

ここまでは、娘を見ながらの私はいっぱいいっぱいです。

でも、先々の勉強は続けます。

 

退院後、娘の安全を守りながらの看護生活。

「帰ってからが大変ですね、、、」と看護師さんに言われ、

レンタルで介護ベッドを手配し(ベッドが乗降した方が介護が楽)、

家の中で使う折り畳み式車椅子も購入。

バタバタと退院後の準備も進み、

今施設で使う歩行器も手配中。

こちらは主治医の意見書をいただかなくてはならないので、

時間がかかり、安全な社会復帰はまだ先になりそう。

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~リハビリで練習しているのと同じものを購入予定~

 

 

今発作が落ち着いているとは言っても、

気候がましだからの可能性もあり、

気を抜いてはまたやり直しになりかねない。

もう、両側に人が付かないと歩かせません!

倒れないでね~!!

 

あるいは一人で歩くなら、

サドル付き、全方向に囲い付きの安全な歩行器を使ってもらう。

ここまで来たら最大限の安全確保!と思っているところだけれど、

さてどうなるか?

とりあえず、新しい器具に味方してもらって、

自宅での生活が始まります。

 

ほぼ毎日どこかの時間は家に帰っていたのに時間が足りなくて、

2階は全く掃除していないし、

1階だって散らかっている。

帰ったら帰ったでやることが山のように待っているけれど、

一番したいのはヴァイオリンを弾くこと!

 

幸、クロイツェル以外は小品ばかり。

何とかなります。

いえ、何とかします!

私は自分のこんな生活を予感していた? もしかして?

 

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~1月末から、こちらに替えました。暖冬の今年は春が近い感じがする~

 

せっかくの定年後1か月、人生の休暇だったはずの夫が、一番残念だったかもね。。

私たちは自分の娘だから当然とは言え、彼女を通して奉仕を学ばせてもらっている。

彼も明日から会社復帰です。

みんな頑張れ!

 

 

 

 

 

2020年1月26日 (日)

4/4「名曲の花束」14時開演♪

 

今年の自主企画コンサート44日(土)のチラシ、出来ました!

つくば文化会館2階 アルスホールで14時開演です。

 

もうすぐ本番2か月前が迫っているというのに、こんなに遅くなって、、、(>_<)

超高速作業で頑張って3日で作り、次にただ今チケット制作中です。

いつものパターンを単に背景を換えて、それに合わせて調整するだけなので簡単。

替わり映えしませんが、PCの技が少ない素人の私が作っているのでお許しください。

 

コンサートのタイトルは「ルナ・クラシカが贈る名曲の花束」

今までで最も華やかなチラシになりました!

春の気分満載♪

時間がないからチラシに目立ってもらって、

チラシにも助けてもらいたいと思います。

そして、なるべく多くの方が手に取ってくださるようにと願っています。

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~プログラム~

エルガー 愛の挨拶                  

バッハ  G線上のアリア               

カッチーニ アヴェ・マリア              

ドヴォルザーク 我が母の教えたまいし歌        

フォーレ 夢のあとに                 

ショパン ノクターンOp.48-1 ハ短調 ピアノソロ    

ヘンデル(ケンプ編) メヌエット ト短調 ピアノソロ   

ラフマニノフ パガニーニの主題による狂詩曲第18変奏曲 

相馬邦子 希望~祈りHoffnung

             ~休憩~

 

ベートーヴェン モーツァルト オペラ『フィガロの結婚』より

「伯爵様が踊るなら」の主題による12の変奏曲 WoO 40

ベートーヴェン ピアノとヴァイオリンのためのソナタ第9番 作品47「クロイツェル」

 

チケット取り扱いは、私のHPの問い合わせフォームはもちろん、

個人的な連絡先をご存知の方は直接ご連絡いただけると嬉しいですし、

いつも応援してくださっている

*ナチュロアロマチカさん  守谷市久保ヶ丘2-5-4   0297-46-2810   

*ブティック・フラワーさん 守谷市松が丘2-6-2       0297-46-0204

に加えて、

 

今回アルスホールのすぐ傍の「ノバホール」つくば市吾妻1-10-1 029-852-5881

入り口にある事務室でも取り扱っていただくことになりました。

 

各所にチラシ、チケットをお届けできるのは木曜日(健康診断でつくばに行くついでに)なので、

翌金曜日から販売開始となります。

予約はその前から大丈夫ですし、もうすでにご予約入って来ています♪

短い宣伝期間ですが、今回も満席目指して頑張りたい!

応援どうかよろしくお願い申し上げます。

 

チラシ裏面の紹介文にも記しましたが、

 

2020年春、ヴァイオリンとピアノのデュオ ルナ・クラシカがお贈りするのは、

癒しの名品とクラシック王道の名曲を束ねたプログラム。

 

多くの方に愛されている「愛の挨拶」「G線上のアリア」等の小品が可憐な小花だとすれば、人知れず咲く小品は全体を引き締める陰影が美しいグリーン。 

そして大輪のバラのような、ヴァイオリンとピアノのソナタの最高峰と言われる

ベートーヴェンの「クロイツェルソナタ」をお届けします。

 

中でも特に注目していただきたいのは、

現代の作曲家相馬邦子氏による新曲「祈り~希望」の初演。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番より第1楽章、第2楽章を主なモティーフとして、

全く新しい作品を創り上げてくださいました! 

美しい和声に彩られた魅惑の作品に込められた作曲家のメッセージを、

ルナ・クラシカの音からお受け取り下さい。

 

ベートーヴェンがウィーンデビューに用意した、

モーツァルト「フィガロの結婚」の中のアリアを元とした華麗な変奏曲(ヴァイオリン・ピアノデュオ)など、

恐らくこの日しか聴けないであろう作品を、

皆さまお馴染みの作品のなかにちりばめて配置しています。

クラシックがお好きな方も、あまり馴染みがない方も

どなたでも楽しんでいただける2時間です。

皆さまのご来場を心よりお待ち申し上げます。

 

演奏 Luna Classica

ヴァイオリン・森裕美、ピアノ・山口泉恵

   

<全席自由>

一般前売り\3000 当日¥3500 

学生前売り\1500 当日¥2000

未就学児は入場できません

お申し込みは、HP「お問合せフォーム」にても受け付けております。

http://forest-note.com/

 

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2020年1月23日 (木)

追加・沖縄写真

昨日upした「共有する旅」の写真集。

写真集と言っても、一つのブログに10枚しか載せられないので

大したことはありませんが、、。

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私にとってカメが一番だった(娘がカメ好き♪)美ら海水族館だけれど、

大水槽で存在感のあるリュウグウノツカイも印象的。

母と息子の後姿を夫に送ったら、

5年前20141124日に夫と行った際に後ろから撮ってくれた写真を、

リアルタイムで即、再送信してくれた。

一緒に来たかった気持ちが伝わる。

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何といっても印象深いのは「ガンガラーの谷」。

暗い洞窟の中をランタンを持って進む。

お嫁さんが知らない間に撮ってくれていた写真を、後で送ってくれた♪

薄いコートがあってちょうど良かった今年の沖縄。

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最後の説明。

ボードも使って笑顔でわかりやすく説明してくれ、

その後こちらに問いかけて想像力を掻き立ててくれるガイドさん、とっても良かった!

 

「家族で浜辺を独り占め」という気分になる小さなビーチ。

また来たくなる場所の一つ。

そういう場所は、「あの時も来たよね」という思い出を共有する印。

気に入ると繰り返し同じ場所を訪れたくなる私。

昔からの癖の一つ。

 

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国際通りの賑やかなペットウェアのショップ。

色とりどりの華やかさが南国沖縄の元気を伝える。

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まぶしい雲の上。

いつの時も、下界でどんな大風が吹き荒れ、どんな大雨が降っていようが、

上空には青空が広がっているのだということを忘れないでいようと思う。

2020年1月22日 (水)

共有する旅

今年の初本番を終えた翌日、18日土曜日から、

母と息子夫婦と4人で沖縄に行って参りました!

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~二日目の夕方 万座毛~

 

 

骨折療養中の娘を置いて、

付き添いを夫に頼んで、、は

後ろ髪惹かれる想いがないわけではないけれど、

ここは割り切って、娘中心だけでなく動こうと初めて決めての選択。

時にはこういうことがあってもいいのだと、

それほど心配せずにでかけられたのも新しい感覚。

娘以外の、今目の前にいる大事な人との時間を味わう旅でした。

 

3つの空港から那覇空港に15時前には合流し、

レンタカーを借りて16時から沖縄時間のスタート。

ホテルまでは車で約1時間。

さあどうする?

いつもなら、疲れやすい娘の体調を考えて、

ホテル直行→娘はお昼寝休憩となるのを、

今回は元気なメンバーのみであり、

23日の旅程では中日しかしっかり楽しめないので、

まずは首里城へということに。

 

先日大火事で焼失した首里城を実際目の当たりにして、

沖縄人でなくても大きなショックを受けました。

沖縄の人の心が火傷しただろうと想像する、、、。

私も心が痛い。

 

首里城は現在入場無料な上に、募金箱も入り口にあるだけ。

見れるところを観終わってから募金をと思っていたのに、

その後見当たらない。

何かネットを通じての振り込みなどの支援の方法を考えねば。

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その後海岸際に建つホテルにチェックインし、乾杯と夕食。

こんな4人で旅をすることなんて、他にある?

すっかりお酒に弱くなっている私は1杯目でもう酔いが回り、

心配事もお酒で飛んで話が弾む。

いつもなら最もしゃべるうちの母の独演会になりそうなものを

私が今回はけっこうしゃべっていたのでした。

といっても、2杯くらいでアルコールはもう十分。

 

 

2日目の日曜日。

まずは「美ら海水族館」。

駐車場がいっぱいで、車は遠いところに停める。

なんとこの日の海浜公園はハーフマラソン大会の会場になっていた!

でもお陰で、花に彩られた公園を散策しながら水族館に向かい、

途中 沖縄民芸村コーナーもちょっと覗き、ほんの少し地元の昔の生活、

歴史的な文化にも触れる。

何が起ころうと、

そしてむしろ最短距離ではないからこそ、

豊かな体験があるんだなあ~と思う。

 

そして、軽快に先頭を歩く息子に対して、

元気ながらも一番後ろをついて来る82歳のおばあちゃんに、

さりげなく付き添うように傍を歩いてくれるお嫁さんの優しさを感じる。

息子が結婚前に彼女のことを「今どきの若い女の子とは違うよ」と言っていた

意味がまた一つわかる気がした。

 

沖縄2度目の私は、美ら海ももちろん2回目なのだけれど、

魚の多様さ美しさにやっぱり感動を覚える。

海に潜らないと出会えない生き物たちが、

目の前の水槽で暮らして、人間を見ている。

そう、大きな魚たち、亀とは目が合うのです!

あちらも見られているというよりは

「今日はどんな人間が来てるかな?」とじろっとこちらを伺う目つきに思う。

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カメに向かって「こっちに来て!」と思うと近くに来てくれたり、

彼らも慣れているというか、

「ここは、こっちの家だからね」というような余裕も意思もはっきり感じるように思う。

そんなこんなでついあれこれ見ているうちに時間は経ってしまった。

近くのグスク(城)「今帰仁城」に母と息子夫婦を案内しようと考えていたというのに

時間が厳しいかも?と気づく。

 

 

この日は14:40に、「ガンガラーの谷」の80分のガイドツアーを予約していた。

美ら海水族館からは1時間半かかる。

お昼をどこかで食べる余裕もない。

コンビニで何か調達して、移動しながら車の中で食べるしかない。

可愛いお嫁さんがコンビニの巻きずしでも

何度も「美味しい♪美味しい♪」と喜ぶのが本当に可愛らしくてこちらも和み、

周りを幸せにしてくれる彼女の笑顔が愛おしい。

 

そして何とかぎりぎりツアーに間に合い、ほっと胸をなでおろす。

今は車やスマホのナビが道をガイドしてくれるだけでなく、

到着時間まで知らせてくれるから

見込みが立てられてストレスが減り、本当に助かる。

 

そして、ガンガラーの谷は本当に素晴らしかった!!

鍾乳洞が崩壊してできた谷間に拡がる自然豊かな森を、

専門ガイドと共に歩くツアー。

5年前に娘の修学旅行に影武者として同行(別行動で)した際には

その存在に気が付かなかったガンガラーの谷。

沖縄は観光の県なのでたくさんの観光スポットがあるけれど、

ここはイチオシ!ではないかと個人的には思う。

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太古と現在を結ぶ鍾乳洞体験。

珊瑚でできた鍾乳洞ということは、ここは大昔海であり、

さらにこの洞窟で古代人が生活を営んでいた出土品が

発見されていると知らされる。

巧みなガイドさんから、

今立っている場所も3000年前と同じ、そしてここでは2万年前の石器が、、、

などという話しを聞いていると、

すごいスケールの時空を行ったり来たりしている気持ちになり、

じわじわと感動の波がやってくる。

ここは、今も発掘調査の現場なのだ!

 

鍾乳石は40年かかってようやく1㎝伸びる!と聞くと、

この場所がここまで出来てくるのに一体何年かかったのか?

気が遠くなる時間が今目の前にあることが実感できる。

そのスケールに同じ生物として圧倒され、

何度もクラクラする特別な感覚に包まれる。

人間なんて、自然と時間の前にはほんとうに小さな小さな存在。

自分の悩みなど、なんてちっぽけ。

 

入り口は洞窟カフェとなっており、

それもとても魅力的。

ギリギリに着いた私たちは残念ながらここでお茶を飲んで

この空間をじっくり味わう余裕はなかったけれど、

丁寧なインフォメーション、

一人一人に水筒も配られる気配り、

途中暗い場所では火を使ったランプを灯して歩くなど、

味わい深いツアーに大満足!

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古代の二つの祈りの場所(イキガ洞、イナグ洞)では、

今も昔も命の誕生、子供たちの成長へどれほど人の祈りが捧げられたかを想い、

若い二人に将来もし子供が授かるのなら、

その子の健やかな成長を!と祈らずにはおられない。

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大主のガジュマロは、推定樹齢150年。

なぜか何枚撮っても、

樹の頂上にはまるで樹の精霊がいるかのように見え、

森には精霊がいるという昔の人の感覚は本当なのではないか?と思う。

一つ一つに驚きがあり、

時間の壮大な流れ、

そして今と太古のつながりにめまいがするほどでした。

ぜひお薦めの場所です!

 

 

そしてこの日の最後は万座毛へ。

象の鼻のような巨岩は、波が削って作られた自然の力によるもの。

白波が立つ青い海は、鍾乳石をつくるのよりももっと早くに

この足元の岩を削っていくのだろう。

100年、200年と経つと、きっとここの景色も違っているのかもしれない。

今しかない景色。

今しかない時間。

 

二日目の夕食は沖縄料理。

ショーもあって、食事客にショーへの参加も募り、

うちの息子夫婦も笑顔でステージへ。

沖縄の明るい力強いパワーにこちらも元気をいただいた。

そして、お腹もいっぱい。

 

あっという間に最終日。

最初に飛び立つ母の1305の飛行機に間に合うようにと思うと、

せいぜい国際通りをちょっと歩くくらいの時間しかない。

でもその前に、ホテルのビーチへぜひみんなを案内したい。

 

5年前に夫と「結婚25周年前倒しの旅」と称して、

娘の修学旅行のお供(勝手に!)で沖縄に来た際に、

ちょっと見学に立ち寄ったこのホテル。

プールサイドを通り、プライベートビーチに足を延ばしたところ、

そこがとても素敵だった!ので、

今回ここを選んだ。

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朝のビーチはちょうど潮が満ちて来ていて、

入り口が閉鎖されていてがっかりしかかったけれど、

いや、私が行きたい場所はもっと南西側のはずと思い、

もう1か所道がないか探していたところ、

あった!!

 

小さな砂浜だけれど、なんと!ミニ万座毛があり(前は気が付いていなかった)、

波がすぐ足元に押し寄せ、

岩も植物もそして打ち上げられた珊瑚のかけらも、

沖縄の海の素晴らしさがコンパクトに身近に体感できる

他に誰もいない、まさにここはプライベートビーチ。

岩の上にはどこかの家族が、子供たちが遊んだ跡を、珊瑚のかけらが教えてくれた。

うちの家族も皆、ここを喜んでくれたのも嬉しかった。

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そして国際通りに移動。

母と賑やかなお土産物通りを端から端まで歩く。

お昼はまたしても時間がなく、

空港のパン屋さんでパンを買って

飛行機を見ながら出発ロビーのベンチで食べる。

美味しいものもたくさん食べたけれど、

時間優先になったことも、また思い出に残る。

記憶力の良い母ときっと「あの時はああだったね」と思い出話を懐かしむだろう。

 

 

23日の旅行中、青空を見たのは美ら海水族館の時間のみ。

あとはずっと雲が重く垂れこめ、

青い空と海には残念ながらほとんど縁がなかった。

しかし、本を読んでいた帰りの飛行機の中

「ただ今左手に富士山が見えます」のアナウンスに

日除けを上げる。

 

そこには雲の上にただ一つ顔を出す

雪を頂く美しい富士山があった。

雲の上はまぶしい光。

拡がる雲はまるで雪原のよう。

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何も心配することもない旅は曇りで、

これから帰る日常は晴れのお天気。

それは私にはかえって恵に思えた。

楽しい気軽な旅が青空いっぱいで、

帰って行く気がかりな娘の病院の上がどんより曇りだったら

どんな気分か。

 

澄み切った青空や美しい夕焼け、

沖縄の青い海には縁がなかった今回だけれど、

それはまたいつの日かに夢見てもいい。

また行きたいと心に想う沖縄。

今度は娘も夫も一緒に。

 

 

帰りの機内で読み進めた

新聞広告で気になって買っておいた

亡くなって10年経って再発見されたルシア・ベルリンという女性作家の

「掃除婦のための手引書」という短編小説の帯に

推薦者の中島京子さんの言葉でこうある。

 

「人生はただ過酷なわけでも、

ただおかしいわけでも、

ただ悲しいわけでも、

ただ美しいわけでもなく、

それらすべてであり、

それ以上のものだ。

それをわからせてくれるのが小説で、

人生をそのように見る方法を提供するのが小説というものなのだ。

ルシア・ベルリンの短編は、それを私に教えてくれる」

 

この「小説」を「音楽」に置き換えることもできると

私は思う。

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~行きの飛行機では、20歳の時に読んで感動したカラマーゾフ関連の冊子を。

長い小説を今読む余裕はないので、解説版で楽しむ。

なぜ私は感動したのか?20歳の自分に再会するためにも。~

 

 

母が私に向かって何度も

「これからが、帰ってからが大変ね、、」とつぶやいた。

心配そうな思いやりがこめられた母のまなざし。

息子の優しい笑顔。

お嫁さんの明るい笑顔。

一つ一つが心に沁みる静かな優しい時間だった旅。

 

沖縄で流れた時間は、どこか無言でお互いを思いやる時間でもあったと思う。

2日目の夜、私はなぜか寂しいような気持ちが自分の中にあるのを感じた。

どうして?

何が?

貴重な時間だから?

待っている人の寂しさを想像して?

これからの大変さに気が重くなってる?

それとも単に、曇り空に影響されて?

 

 

年に1度、しかも3日しか会えない母。

綺麗好きな母は数年前から

「寝る前はきれいに片づけて、服もきちんと畳んで休むのよ。

もし翌朝目が醒めなかったら、それでもいいと思っている」

という言葉を何度もつぶやいている。

そういう時はそれはどこか、予言とか遺言のようなものだと

私は経験から知っている。

いえ、それ以上にその言葉は母の願いであり、

繰り返しつぶやくことでもしもそうなった時に

家族に安堵の置き土産を遺したいと願う母心なのだろう。

 

母と私だって確執がなかったわけではない。

甘えることができなかった厳しい母に対して、素直になれない私。

でも、時間というプレゼントは全てを溶かしてくれ、

今、これまででもっとも良い関係でいられると思う。

それには、一緒に暮らしてくれている弟夫婦の優しさが、

母の日常を幸せにしてくれているからこそ。

 

 

旅行中、PCメールは転送されてこないし(昨年末から)、

スマホメールさえも届かなくなり、

いろいろ器械は不具合があって外と遮断され、

この間連絡が取れるのは家族とのlineFacebookのメッセージのみ。

移動中に、

夫にはlineで今こんな感じと写真を送り、

弟夫婦と、写真は自分では撮らない母に後で見せてもらうことも兼ねて、

義妹にもFacebookのメッセンジャーで写真を送る。

 

母は幸いまだ元気なので、

きっとまだずっと先だろうけれど、

誰にでもいつかは避けられない日が来る。

そんなことをどこかに感じながら、

この旅は母と私、そして息子たち三世代の中で、

大切な思い出として共有されていくのだ。

私の寂しいという感覚は、

その大事な時間が一つ終わろうとしていくことを想ってなのだろう。

 

しかし、そんな勝手にしんみりしないで、

またいつかこんな機会を作ろうと思う。

静かな素敵な時間を持てたことを感謝と共に、

またいつか!という希望に替えていいのだと思う。

 

 

入院してすぐ病室に、夫が一枚のCDを持って来てくれた。

1月は、父と妹が亡くなった月。

二人の命日は一日違い。

7年闘病した父は最期を悟って

「お父さんの葬式には家路を流して欲しい」と亡くなる2か月まえから私に告げていた。

ドヴォルザークの新世界第2楽章にあたる「家路」は、

近所の小学校の17時の完全下校の合図の放送で流れる音楽。

クラシック音楽には疎かった父も、

この曲には親しみを抱いていたのだ。

そして、あの世に「還る」と感じていたのかもしれない。

 

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たまたま持っていたダニエル・コビアルカの2倍遅いテンポの静かな「家路」のCD

父の希望通りにお通夜からエンドレスで流したところ、

響きが空間を清めてくれ、

別れの時をとても美しくかけがえのないものにしてくれたことを

音楽への感謝と共に深く記憶に留めている。

 

母はその時父に何と言ったらいいのか言葉に迷い、

「私はグノーのアヴェ・マリアで送ってほしいと返した」と言っていた。

そのグノーのアヴェ・マリアは、

私が小5でヴァイオリンを始めて1年目の最初の発表会で、

唯一、妹と私で一緒に弾いた曲。

だからなのか?単に母が個人的に好きだからなのか知らないけれど、

私はどこかで私たち姉妹の思い出の曲だからではないかと思ったりしている。

誰でも自分の、そして家族には家族の、思い出の音楽がある。

 

去年は息子の結婚式で、考えてもいなかった初の親子共演が叶った。

二人でエルガーの「愛の挨拶」と葉加瀬太郎の「情熱大陸」を弾き、

一生の思い出がまた一つ増えてとても嬉しかった。

旅も、音楽も、思い出という形で人を支えてくれる力を持っている。

 

 

いつもは娘第一優先の私だけれど、

こうやって娘以外の大事な人との時間を大事にできたとこと、

夫の協力、

娘の無言の許可、

新しい決断ができた自分の変化にもありがとうと思う。

 

 

 

 

 

2020年1月17日 (金)

学び多き本番

 

今年最初の本番、第249回つくば朝のサロンコンサート、

たくさんの友人が応援に駆けつけてくれる中、何とか終わりました。

1月という寒い時期のモーニングコンサートは、いつもは空席が目立つところを、

娘のことを心配してくれる友人たちの温かい気持ちが、寒さを忘れさせてくれ、

二人で汗だくになって燃焼した本番でした。

本当にありがとうございました!

 

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しかし、個人的には反省することが山のようにあり、

これから具体的に問題点を洗い出すのが大変です。

一番の問題点はテンポ設定にまつわること。

プレストで弾かなきゃ!と思いすぎて、

気が付くとデュメイやカヴァコスのCDよりも速く弾いていることに最近気が付き、

私が何もそこまで速く弾く必要はない!このまま本番を迎えると

更に本番テンションでテンポが上がって崩壊するかも、、?と危ぶみ、

つい最近テンポを落とす。

しかしそれに慣れず、なんか弾きにくいまま今日を迎えてしまいました。

 

進みたいのにブレーキを掛けながら弾いている感じもあり、

3楽章は1小節1拍で取っていたのを、少しテンポを落とすと1小節2拍に感じ、

かなり感覚が違う。

そんなこんなで事故多発(>_<)

速い話、まだまだ余裕がなかった。それに尽きます。

あ~怖くて録音聴けない。。

 

しかし、二人で話したのはお互い個人的にはいろいろあっても、

「曲の世界で懸命に生きようとした充実感の中にいることができた」ということ。

だからこその、最後にいただいたお客様のブラヴォーだったと思いました。

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クロイツェルソナタは、二つの楽器が競い合うようにほとんど協奏曲のように、

というベートーヴェンのコメントが残っていますが、

私は競い合うというよりは、大変な中二人で一緒に乗り越えようとしていたという感覚で弾いていました。

これも長年一緒に弾いているパートナーとの信頼関係あってこそ。

 

私たちは、相手のことを心配せず、「最後はどうにかするだろう」と思って信頼しているし、

「ここは」というところは臆せず伝える。

思っていることがその通り伝えられるかどうかが難しいのはどんな人とでもあることだけれど、

彼女からは相手を尊重することをずっと学ばせてもらっています。

 

もっと譜面を読むこと、

ディスカッションすること、

何よりも細かく練習すること、

課題は山積ですが、44日にもう一度弾けるので、そこを目指して頑張ります!

何よりも学び多くクロイツェルソナタに感謝!

高い山は、登ること自体にも意義ありでした。

もちろんその先に進まねば!です。

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今日は改めて共演者、そして万全のサポートの朝コンメンバー、

応援に駆けつけてくれたたくさんの友人、

クロイツェルソナタ、

朝コンが大好きなお客様に心より感謝の一日でした。

 

 

娘はその後、リハビリに行くのにベッドから車椅子に移動する際、

大丈夫な右足を軸に移れるようになり、骨折の療養は順調のようです。

しかし、このところ低気圧が日本列島の周りにいくつもあって、発作が多発。

病院にいるから、もしもの時に救急車を呼ばなくてもいいという安心感で救われています。

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という状況ですが、、、

明日から私は母と息子夫婦と沖縄へ。

夫の定年お疲れさまで母が企画してくれた旅行ですが、夫は病院に付き添ってもらい、

私が82歳の母との時間を持つことになりました。

その代わり交代で、夫が来週一人で撮影旅行に出かけ、リフレッシュしてもらいます。

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できることは工夫してやる。やりたいことは我慢し過ぎない。

という気持ちで、これからの長い介護生活頑張りたいと思います♪

 

 

今日のブログは、ほぼFacebookの投稿と同じもの。

今朝は4時に目が覚めて、うつらうつらしながら頭の中で練習し、、、

というスタートだったので、さすがにもう眠い。。

 

沖縄から帰ってまた今日のことについて書くかも?

いや、沖縄に頭と心を占領されるかも?

 

 

 

2020年1月13日 (月)

14(火)12:30ラヂオつくば生出演!

お知らせです!

明日の火曜日、お昼の1230~の20分間、つくばラヂオに生出演します!

FM 84.2 MHzです。

 

17日(金)朝のサロンコンサートのコンサートのお知らせを、

パーソナリティ 田中いづみさんとの対話形式でお届けします。

 

これまでも何度か出演させていただいてきましたが、

とっても明るく楽しい田中さんとは話が弾み、どんどん会話が展開していつも時間が足りない!と思うほどです。

 

膨大な伝えたいことの山の中から、では今はどれを話したいか?考えてからつくば向かいます。

でないと、大事なことを言い忘れて単なるおしゃべりになっては、ただ楽しかっただけで終わってもったいない。

.

お時間がございましたら、お昼のランチタイムにちょっとお聴きいただけると嬉しいです。

 

そして何よりも、金曜日のアルスホールで1030開演の朝コンにお待ちしております!

 

 

2020年1月11日 (土)

1/17(金)つくば朝のサロンコンサート!

 

 

月曜日に無事に左足首骨折の手術を終えたうちの娘。

お蔭様でその後元気にしています!

1か月は荷重をかけてはいけないそうで、とにかくベッドの上での生活。

寝るか座るかだけですが、入院中はリハビリが毎日あるので、

使っていない足首が固まって来ないようにマッサージを受けられて有難い。

何も動かないのって筋肉が落ちて後が大変かもしれませんが、

今は仕方ない。

時間が薬とは言い当てて妙。

 

過去の骨折の際のレントゲンでは、

1か月経ったあたりからようやく仮骨が見え始めるという感じだったので、

今はまだ全くくっついていない時期。

手術はズレないように留めてもらっただけ。

全治34か月と言われています。

足は腕よりも大変かな、、、。

 

現在、夜間は母、日中は父が付き添っている体制です。

今も病室でこのブログを書いています。

私は本番も近いので昼間は家で練習して、少し家仕事。

夕方お風呂に入って(時間が足りないので1日おき)

夕食を二人分作ってランチジャーに入れて病室に向かうというのを繰り返しています。

意外にとっても忙しい。

 

だれかに常に付き添ってもらえる娘は、こんな状況でも幸せというものでしょう。

でも、一人にして誰にも気がつかれずに発作が起きたら大変。

そして何をするかわからない。

(勝手に立とうとする、、とか!)

娘が寂しくないようにというのもあるけれど、

これ以上大変なことにならないように、見張ります!

 

そんな看護生活ですが、

確実に日一日と本番が迫って来る。

練習時間以外も、資料を読む、楽譜を読む、そして考えると、

時間は全く足りません。

でも、宣伝もしなきゃ!でブログupします!

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~病室から見える清々しい朝焼け。日頃こんな風景をしみじみ見ることもないなあ、、。これも有難いことかな。~

 

 

2020年は、ベートーヴェン生誕250年の年。

生誕300年まで自分が生きているとは思えないから、

ベートーヴェン祭りの今年をしっかり記憶していたいと思うし、

私も演奏できるのを嬉しく光栄に思います。

 

こういうメモリアルイヤーには、記念演奏会以外にも、

新しい研究成果、出版物が続々と出てとても興味深いのです。

一生かかって勉強するのに最適なベートーヴェン。

新しい発見に満ちた、スタートの年となることは間違いない。

私も今週金曜日にまず1回目を朝コンで、

そして44日に再び、ベートーヴェンのクロイツェルソナタを演奏する予定です。

 

 

特に今週金曜日、117日はベートーヴェン祭りのプログラム。

この日演奏する全てがベートーヴェンの曲というわけではありませんが、

偉大なるベートーヴェンからインスパイアされた作品から始まり、

若き日の陽気で楽しいベートーヴェンの姿を伝わる6つのドイツ舞曲、

有名な「トルコ行進曲」を華やかな変奏曲に仕立てたとても魅力的な小品(ピアノソロ)、

そしてヴァイオリンとピアノのソナタの最高峰と名高いクロイツェルソナタで

1時間のプログラムをお届けします。

 

1曲目のクライスラー作曲「ロンディーノ」はベートーヴェンの主題によるもの。

とても愛らしい作品で、ウェルカムの気持ちを込めて演奏したいと思います。

 

2曲目のチャイコフスキー作曲「アンダンテ・カンタービレ」は、

元は弦楽四重奏曲の第2楽章。

それをクライスラーがヴァイオリンとピアノで演奏できるように編曲したもの。

なぜベートーヴェン祭りにこの作品が登場するかというと、

ちょっとした連想ゲームのノリ。

 

ロシアの文豪トルストイが、このアンダンテ・カンタービレの原曲を聴いた際に

チャイコフスキーの目の前で泣き崩れたという有名な逸話があるからです。

元はウクライナ民謡で、ペチカ職人が歌っていたものを元に作曲された

アンダンテ・カンタービレにトルストイもロシア魂を感じたのでしょうし、

農奴解放に立ちあがって働いたトルストイにとっても

農民の歌がこのような芸術作品として生まれ変わることに

同じ芸術家として特別な想いを抱いたのも当然ではないかと思われます。

 

そして、トルストイといえば、「戦争と平和」「アンナ・カレーニナ」もあるけれど、

やっぱり「クロイツェルソナタ」。

私も読みましたが、、、

自分の感覚とはかなりかけ離れていて共感はできなかったものの、

その突き詰めて思考する深さとエネルギーには圧倒されました!

 

物語の核心部分に、主人公の妻と客人のヴァイオリニストが

この第1楽章を演奏する場面があります。

クロイツェル独特の解釈で、

妻とヴァイオリニストに激しい嫉妬を燃やして悲劇が起こる

というきっかけとなったのが、

この曲というからすごいではありませんか!

 

しかし、曲の解釈というのは100人いたら

100人が別のイメージを抱いてもおかしくないもの。

あまりにも激しい第1楽章に、

男女の狂おしい感情を読み取るクロイツェルってどんな人?と思ってしまう私ですが、

たしかに激情と半音を駆使して登っていくなまめかしさは、

理解できないでもない部分もあり、、です。

 

と言っても、私のイメージはまた別のところにあり、、、。

それは今はお話ししないことにしましょう。

強いて言えば、激流下りといった感じでしょうか。

激流を小舟で下っていくスリルと勇気をもって

演奏したいと願っています。

 

時折、穏やかな水の流れの箇所もあり、

緩急鮮やかなクロイツェルソナタ。

安全に弾いたって、何も伝わらない。

けれど、岩にぶつかって転覆はしたくない。(>_<)

さてどうなるか、、、。

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ベートーヴェンがこの作品を作曲していた1803年。

当時はフランス革命直後の巨大な社会的エネルギーの渦の中にあり、

フランス以外の国にも革命の精神、

社会の混乱が及んでいた歴史が大きく動いていた時代。

 

ベートーヴェン自身も難聴を患って絶望し、

有名なハイリゲンシュタットの遺書を書いたのが、この前年。

この1803年はベートーヴェン33歳。

22歳でウィーンに出て来てから10年が過ぎ、

社会的にはピアニストとしての不動の名声を手にし、

作曲家としても数多くの名曲が生まれ

まさに脂が乗って来ていた時期でした。

 

ハイリゲンシュタットで書かれた手紙は「遺書」と呼ばれているものの、

現在は「遺書」ではなく、二人の弟に宛てた手紙、

実質的には人類に向けた芸術家としての決意表明として受け止められています。

つまり、自分の運命も、社会の激動も、全て受け止めて進んでいこうという

エネルギーが充満していた。

 

大きな人物が歴史の舞台に出て来る時には、

その人は民衆を代表する象徴して存在するようです。

ベートーヴェンはこの頃から「傑作の森」と呼ばれる

非常に内容豊かで多産な時期に入っていくのも

時代のエネルギー、そしてベートーヴェン自身の決意による

自分のエネルギーの扉を開いたからこそ成し得たのではないかと思われます。

そこに触れられるだけでも、心が震えます。

 

さらに、なぜヴァイオリンとピアノのソナタの最高峰と呼ばれるかというと、

これ以前まではヴァイオリンはオブリガート(飾り)で、ピアノがメインだったのが

今でいうヴァイオリンソナタの形。

「クロイツェル」から、ようやく完全にヴァイオリンとピアノが対等になり

新しい世界が開けて来る。

 

ここら辺のことまでは、

資料を読めば誰でもわかること。

さらにこれも専門家なら皆さまご存知ですが、

クロイツェルソナタの第3楽章は、実は第6番のソナタの終楽章のために書かれたものの

華やか過ぎて6番に合わないという理由で棚上げされていたものを

転用したこと。

つまり、終わりが決まって最初を考えるという順番なのも面白い。

 

しかも、第1、第2楽章の作曲は1か月足らずでなされたというから驚きです。

テーマを決めるのに10もの素材候補の中から、

もっとも展開できるものを綿密に選び抜くベートーヴェンにしては

急ぎ過ぎていない?と思ったりしますが、

この頃本当に忙しく、しかも常人ではあり得ないエネルギーの塊であったからこそできたことではないか?と思います。

 

時代を反映し、自分の状況エネルギーも手伝い、

あまりにも激しい第1楽章と

完全な対比を取る平和の2楽章。

2楽章は変奏曲という古典的なスタイルですが、

即興演奏の名手であったベートーヴェンらしさの選択。

でも、どこを弾いても難しく、気が抜けない30分。

 

ベートーヴェンの足元、裾にさえ及ばなくとも、

自分なりに山を越えて頑張ろうとする今の私を

この作品にも投影して演奏できるのかもしれません。

自分なりのことしかできないけれど、

それも大切に、誠実に向かいたいと願う。

でも、何といっても作曲家への敬意から、演奏をお届けしたいと思います。

 

2020年最初の「つくば朝のサロンコンサート」。

私たちのこのグループも、来月は250回目。

117日は249回です。

1030開演の1時間のモーニングコンサート。

当日券のみで、一般¥1500と手軽です。

 

114日からいつもの図書館脇のエレベーターが点検工事に入るそうですが、

業務用エレベーターを貸していただけるとのこと。

車椅子、ベビーカーをご使用の方は、ぜひ通用口近くの業務用エレベーターを使って

2階のアルスホールにお進みください。

 

1階のカフェ・オハナさんもこの日は10時から開店で、

プログラムに付いている半券を見せていただいたら、

飲み物50円引きになりお菓子も付くという嬉しいサービスも提携させていただいています。

 

2020年の最初のコンサートを、ぜひ朝コンでお過ごしください。

お待ちしております!!

 

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~今日練習している時、ピピはここで寝ていました。カメラを向けるとパッと目を覚ます。

こんな近くだとうるさいだろうに~~

 

 

2020年1月 7日 (火)

平和の笑顔

 

 

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます!

そして、手術無事に終わりました!!

お祈りいただき、心より感謝申し上げます。

 

昔の私なら、人に言わずに堪えていたかもしれませんが、

年取ってきて弱って来たせいか、

「一緒に祈ってください!」と言わずにはいれない心境でした。

心配に寄り添ってくれた方、

勇気と希望を与えてくれた方、

たくさんの温かい気持ちとメッセージに支えられました。

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~1/6手術の朝の病室から見える空~

 

 

1228日に娘が発作で転倒して左足首を骨折。

年末年始8日間家で過ごした間、

彼女は家族に幸せな笑顔を振りまき、

手術のために土曜日に入院。

手を叩き足もばたつかせて喜ぶほど嬉しかったお正月だったのに、

入院したら気落ちしたようで、一気に表情が暗くなりました。

「わたしはどうなるんだろう、、、」と思っている様子。

 

今回何よりも学んだことは、今を生きること。

先の心配でもなく、終わった過去の後悔でもなく。

「障害があるからわからないんでしょ」と思われがちですが、

いえ彼女の強い魂は全てを知っているはず。

麻酔がかかる直前の、母に向けてくれた完全なる平和の微笑み。

多分、私の中に一生残り続ける光に溢れた笑顔を娘からもらいました。

感動するほどの圧倒的な微笑みでした。

 

 

もちろん彼女はいつも能天気に笑っているだけの人ではありません。

脳波が乱れてくると、険しい表情になり、機嫌が悪くなる。

目の前にある物を忙し気に右から左へ、

再び左から右へと移し替える動作を繰り返す。

そんな時は声をかけられても耳に入らない。

それは彼女の頭の中がてんかん波で荒れている様子を

そのまま外に映し出すかのよう。

 

はっきりした性格なので、怒る時は激しく怒る。

嫌なものは嫌!

でも基本は陽気で楽しいことが大好き。

ふざけることも大好き。

誰とでもすぐ仲良くなれるようで、

本当に慣れないとこんな姿は見せてくれません。

 

ど~んとしていて平和な時は、

家族は癒されに擦り寄りたくなります。

娘が甘えて来ることよりも、

家族の方が癒されたくてハグしに行く。

心配や苦労は多くても、

娘からどんなに癒しの力をもらっていることか。

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お正月らしい寒さではあっても快晴のお天気には、心も晴れどこか安心があります。

年末年始は忙しいから、そして今月の本番のことが気になるからということで、

かえって前もって余計に手術のことを考える余裕がなかったのも

私には幸いしました。

常に今目の前のことを考え、次の準備に追われる。

 

いつもなら心配でたまらなくなるのが、

無事を信じて待つことが出来たのは

私にとっては大きな変化。

娘の笑顔の力。

そして、友人の力強いメッセージのお陰でもあります。

 

麻酔医に、執刀医に、看護師に、

繰り返し麻酔のリスク、寒さのリスクを伝える。

5年ほど前に、脳のMRI検査の際に眠り薬を使ったところ、

呼吸が落ちて人工呼吸で慌てるという経験をして以来、

麻酔が必要な手術は避けたい!と願って来ました。

 

でも、手術には麻酔医も、小児科医も入り、

寒い手術室を温め、

薄い手術着にはたくさん羽織ってよしとなり、

心の頼りのぬいぐるみ「かめちゃん」も連れて行っていいですよ

お母さんも麻酔が効くまで手術室に一緒に居てくださいと言われ、

お願いしてもいない数々の配慮をいただいた。

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病院スタッフが、安全に手術を進めるにはどうしたらいいか?を検討してくれたお陰だとその気持ちにとても嬉しくなりました。

お蔭で随分、安心だと思える状況が整って、

手術に臨むことができました。

 

病院スタッフも仕事とはいえ、ただマニュアル通りに動くのではなく、

目の前の人、目の前の状況に応じて考えて

心を使って最大限のことをやろうと動く。

どの仕事も音楽と同じなのですね。

 

手術自体は2時間で終わる、ごく一般的な整形外科手術ではあるものの、

本人と家族にとって手術は手術。

夜中まで点滴、酸素、血栓予防の装置を使い、絶対安静を守る。

なのに、翌日からリハビリ開始というから驚きます!

ただ、今後の展開はちょっとはっきりしない。

通常なら入院は10日とのことですが、

松葉づえがつけない娘は、

もしかしたら1か月半~2か月の入院(転院して)になるかも、、、とのこと。

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今朝は5時にてんかんの大発作が起こり、

微熱もあり、昨日丸一日絶食だったのに食欲もなく、

どんよりしています。

明日は嵐の天気だそう。

また994hPaになるらしい。。

でも、いつものようにパズルをして遊ぶ姿を見れるのは

いい方向に向かっている証拠だと思える。

 

とりあえず、

家と施設用に転倒防止のサドル付きの歩行器を購入しよう。

足首を守るハイカットの靴は、

お正月の2日に夫に近くの靴屋をはしごして、

かき集めて買って来てもらった。

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寝るのは1階で。

椅子も替えよう。

しかし、2階のお風呂はどうする?

階段が一番リスクが高い。

1階にリフォームする?

今後安全に暮らすにはどうしたらいいかを検討することは

山のようにあります。

 

バン!と倒れる発作が増えているこの冬。

次の転倒、骨折のリスクを極限まで減らすには

どうしたらいいか?

気を付けるという心のエネルギーに頼る前に、

安全な環境造りが先決です。

娘の命と笑顔を守りたい。

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~病室にいつもの音楽を持ち込んで、空気の振動から安心を得る!~

 

 

こういう緊急事態になった時に

私が持ち出してくるのはある1冊の本。

20代の頃、一つ違いの最愛の妹が病気になって

悲しくて仕方なかった時期に支えてくれた1ページ。

なぜここなのか、自分でもわからなかったけれど、

それ以来、本当に困った時はこの言葉に支えてもらってきました。

この言葉に心を寄せて30年以上も経って、

今回ようやくこの境地の端っこにたどり着けたかも、、、という気がしています。

 

 

「あなたが何をするのであれ、たとえそれが急を要したり、

非常な注意を払ってすべきことであっても、

私はあなたにあれこれ考えたり、

心をかき乱されたりしないでもらいたい。

なぜかというに、

あなたのすることは、

それが大変なことであろうと些細なことだろうと、

その問題の八分の一にすぎないのだからだ。

 

万が一仕事を成し遂げるのに失敗するとしても、

心の状態を平静にしていることが八分の七に相当する。

 

それゆえ、もしある仕事にあなたが専心して、

それを完全に成し遂げたいと願うなら、

それを完成しようとせよ

それが私の説明したとおり問題の八分の一である。

 

そして同時にあなたの心の状態がかき乱されないように防いでおけ

この方が問題の八分の七となる。

しかしながら、もし仕事を成し遂げるためにあれこれ思いわずらって、

心が翻弄されたり、

自他とも傷つけあったりしたならば、

あなたは八分の一を守ろうとして八分の七を失ってしまうことになるのだ。

そのような事態を招かぬよう、気を付けてほしい。

 

16世紀の修道士 聖アバ・ドロテウスの言葉 

「覚醒への旅 瞑想者のガイドブック」 ラム・ダス  P174 より」

 

 

娘は私にとって人生の一番の先生です。

彼女を通して学ばせてもらっています。

障害を抱えて生きている人は、

周りの成長のために無償の心で自分を差し出してくれているのかもしれません。

誰よりもあなたにありがとう。

 

さあ、娘の体調、これからの日常のことも考えながら、

来週の本番の準備に戻らねば!

頑張ります!!

 

117日(金)つくば朝のサロンコンサート。

1030からアルスホールで開演です!

 

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