2020年1月26日 (日)

4/4「名曲の花束」14時開演♪

 

今年の自主企画コンサート44日(土)のチラシ、出来ました!

つくば文化会館2階 アルスホールで14時開演です。

 

もうすぐ本番2か月前が迫っているというのに、こんなに遅くなって、、、(>_<)

超高速作業で頑張って3日で作り、次にただ今チケット制作中です。

いつものパターンを単に背景を換えて、それに合わせて調整するだけなので簡単。

替わり映えしませんが、PCの技が少ない素人の私が作っているのでお許しください。

 

コンサートのタイトルは「ルナ・クラシカが贈る名曲の花束」

今までで最も華やかなチラシになりました!

春の気分満載♪

時間がないからチラシに目立ってもらって、

チラシにも助けてもらいたいと思います。

そして、なるべく多くの方が手に取ってくださるようにと願っています。

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~プログラム~

エルガー 愛の挨拶                  

バッハ  G線上のアリア               

カッチーニ アヴェ・マリア              

ドヴォルザーク 我が母の教えたまいし歌        

フォーレ 夢のあとに                 

ショパン ノクターンOp.48-1 ハ短調 ピアノソロ    

ヘンデル(ケンプ編) メヌエット ト短調 ピアノソロ   

ラフマニノフ パガニーニの主題による狂詩曲第18変奏曲 

相馬邦子 希望~祈りHoffnung

             ~休憩~

 

ベートーヴェン モーツァルト オペラ『フィガロの結婚』より

「伯爵様が踊るなら」の主題による12の変奏曲 WoO 40

ベートーヴェン ピアノとヴァイオリンのためのソナタ第9番 作品47「クロイツェル」

 

チケット取り扱いは、私のHPの問い合わせフォームはもちろん、

個人的な連絡先をご存知の方は直接ご連絡いただけると嬉しいですし、

いつも応援してくださっている

*ナチュロアロマチカさん  守谷市久保ヶ丘2-5-4   0297-46-2810   

*ブティック・フラワーさん 守谷市松が丘2-6-2       0297-46-0204

に加えて、

 

今回アルスホールのすぐ傍の「ノバホール」つくば市吾妻1-10-1 029-852-5881

入り口にある事務室でも取り扱っていただくことになりました。

 

各所にチラシ、チケットをお届けできるのは木曜日(健康診断でつくばに行くついでに)なので、

翌金曜日から販売開始となります。

予約はその前から大丈夫ですし、もうすでにご予約入って来ています♪

短い宣伝期間ですが、今回も満席目指して頑張りたい!

応援どうかよろしくお願い申し上げます。

 

チラシ裏面の紹介文にも記しましたが、

 

2020年春、ヴァイオリンとピアノのデュオ ルナ・クラシカがお贈りするのは、

癒しの名品とクラシック王道の名曲を束ねたプログラム。

 

多くの方に愛されている「愛の挨拶」「G線上のアリア」等の小品が可憐な小花だとすれば、人知れず咲く小品は全体を引き締める陰影が美しいグリーン。 

そして大輪のバラのような、ヴァイオリンとピアノのソナタの最高峰と言われる

ベートーヴェンの「クロイツェルソナタ」をお届けします。

 

中でも特に注目していただきたいのは、

現代の作曲家相馬邦子氏による新曲「祈り~希望」の初演。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番より第1楽章、第2楽章を主なモティーフとして、

全く新しい作品を創り上げてくださいました! 

美しい和声に彩られた魅惑の作品に込められた作曲家のメッセージを、

ルナ・クラシカの音からお受け取り下さい。

 

ベートーヴェンがウィーンデビューに用意した、

モーツァルト「フィガロの結婚」の中のアリアを元とした華麗な変奏曲(ヴァイオリン・ピアノデュオ)など、

恐らくこの日しか聴けないであろう作品を、

皆さまお馴染みの作品のなかにちりばめて配置しています。

クラシックがお好きな方も、あまり馴染みがない方も

どなたでも楽しんでいただける2時間です。

皆さまのご来場を心よりお待ち申し上げます。

 

演奏 Luna Classica

ヴァイオリン・森裕美、ピアノ・山口泉恵

   

<全席自由>

一般前売り\3000 当日¥3500 

学生前売り\1500 当日¥2000

未就学児は入場できません

お申し込みは、HP「お問合せフォーム」にても受け付けております。

http://forest-note.com/

 

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2020年1月23日 (木)

追加・沖縄写真

昨日upした「共有する旅」の写真集。

写真集と言っても、一つのブログに10枚しか載せられないので

大したことはありませんが、、。

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私にとってカメが一番だった(娘がカメ好き♪)美ら海水族館だけれど、

大水槽で存在感のあるリュウグウノツカイも印象的。

母と息子の後姿を夫に送ったら、

5年前20141124日に夫と行った際に後ろから撮ってくれた写真を、

リアルタイムで即、再送信してくれた。

一緒に来たかった気持ちが伝わる。

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何といっても印象深いのは「ガンガラーの谷」。

暗い洞窟の中をランタンを持って進む。

お嫁さんが知らない間に撮ってくれていた写真を、後で送ってくれた♪

薄いコートがあってちょうど良かった今年の沖縄。

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最後の説明。

ボードも使って笑顔でわかりやすく説明してくれ、

その後こちらに問いかけて想像力を掻き立ててくれるガイドさん、とっても良かった!

 

「家族で浜辺を独り占め」という気分になる小さなビーチ。

また来たくなる場所の一つ。

そういう場所は、「あの時も来たよね」という思い出を共有する印。

気に入ると繰り返し同じ場所を訪れたくなる私。

昔からの癖の一つ。

 

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国際通りの賑やかなペットウェアのショップ。

色とりどりの華やかさが南国沖縄の元気を伝える。

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まぶしい雲の上。

いつの時も、下界でどんな大風が吹き荒れ、どんな大雨が降っていようが、

上空には青空が広がっているのだということを忘れないでいようと思う。

2020年1月22日 (水)

共有する旅

今年の初本番を終えた翌日、18日土曜日から、

母と息子夫婦と4人で沖縄に行って参りました!

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~二日目の夕方 万座毛~

 

 

骨折療養中の娘を置いて、

付き添いを夫に頼んで、、は

後ろ髪惹かれる想いがないわけではないけれど、

ここは割り切って、娘中心だけでなく動こうと初めて決めての選択。

時にはこういうことがあってもいいのだと、

それほど心配せずにでかけられたのも新しい感覚。

娘以外の、今目の前にいる大事な人との時間を味わう旅でした。

 

3つの空港から那覇空港に15時前には合流し、

レンタカーを借りて16時から沖縄時間のスタート。

ホテルまでは車で約1時間。

さあどうする?

いつもなら、疲れやすい娘の体調を考えて、

ホテル直行→娘はお昼寝休憩となるのを、

今回は元気なメンバーのみであり、

23日の旅程では中日しかしっかり楽しめないので、

まずは首里城へということに。

 

先日大火事で焼失した首里城を実際目の当たりにして、

沖縄人でなくても大きなショックを受けました。

沖縄の人の心が火傷しただろうと想像する、、、。

私も心が痛い。

 

首里城は現在入場無料な上に、募金箱も入り口にあるだけ。

見れるところを観終わってから募金をと思っていたのに、

その後見当たらない。

何かネットを通じての振り込みなどの支援の方法を考えねば。

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その後海岸際に建つホテルにチェックインし、乾杯と夕食。

こんな4人で旅をすることなんて、他にある?

すっかりお酒に弱くなっている私は1杯目でもう酔いが回り、

心配事もお酒で飛んで話が弾む。

いつもなら最もしゃべるうちの母の独演会になりそうなものを

私が今回はけっこうしゃべっていたのでした。

といっても、2杯くらいでアルコールはもう十分。

 

 

2日目の日曜日。

まずは「美ら海水族館」。

駐車場がいっぱいで、車は遠いところに停める。

なんとこの日の海浜公園はハーフマラソン大会の会場になっていた!

でもお陰で、花に彩られた公園を散策しながら水族館に向かい、

途中 沖縄民芸村コーナーもちょっと覗き、ほんの少し地元の昔の生活、

歴史的な文化にも触れる。

何が起ころうと、

そしてむしろ最短距離ではないからこそ、

豊かな体験があるんだなあ~と思う。

 

そして、軽快に先頭を歩く息子に対して、

元気ながらも一番後ろをついて来る82歳のおばあちゃんに、

さりげなく付き添うように傍を歩いてくれるお嫁さんの優しさを感じる。

息子が結婚前に彼女のことを「今どきの若い女の子とは違うよ」と言っていた

意味がまた一つわかる気がした。

 

沖縄2度目の私は、美ら海ももちろん2回目なのだけれど、

魚の多様さ美しさにやっぱり感動を覚える。

海に潜らないと出会えない生き物たちが、

目の前の水槽で暮らして、人間を見ている。

そう、大きな魚たち、亀とは目が合うのです!

あちらも見られているというよりは

「今日はどんな人間が来てるかな?」とじろっとこちらを伺う目つきに思う。

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カメに向かって「こっちに来て!」と思うと近くに来てくれたり、

彼らも慣れているというか、

「ここは、こっちの家だからね」というような余裕も意思もはっきり感じるように思う。

そんなこんなでついあれこれ見ているうちに時間は経ってしまった。

近くのグスク(城)「今帰仁城」に母と息子夫婦を案内しようと考えていたというのに

時間が厳しいかも?と気づく。

 

 

この日は14:40に、「ガンガラーの谷」の80分のガイドツアーを予約していた。

美ら海水族館からは1時間半かかる。

お昼をどこかで食べる余裕もない。

コンビニで何か調達して、移動しながら車の中で食べるしかない。

可愛いお嫁さんがコンビニの巻きずしでも

何度も「美味しい♪美味しい♪」と喜ぶのが本当に可愛らしくてこちらも和み、

周りを幸せにしてくれる彼女の笑顔が愛おしい。

 

そして何とかぎりぎりツアーに間に合い、ほっと胸をなでおろす。

今は車やスマホのナビが道をガイドしてくれるだけでなく、

到着時間まで知らせてくれるから

見込みが立てられてストレスが減り、本当に助かる。

 

そして、ガンガラーの谷は本当に素晴らしかった!!

鍾乳洞が崩壊してできた谷間に拡がる自然豊かな森を、

専門ガイドと共に歩くツアー。

5年前に娘の修学旅行に影武者として同行(別行動で)した際には

その存在に気が付かなかったガンガラーの谷。

沖縄は観光の県なのでたくさんの観光スポットがあるけれど、

ここはイチオシ!ではないかと個人的には思う。

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太古と現在を結ぶ鍾乳洞体験。

珊瑚でできた鍾乳洞ということは、ここは大昔海であり、

さらにこの洞窟で古代人が生活を営んでいた出土品が

発見されていると知らされる。

巧みなガイドさんから、

今立っている場所も3000年前と同じ、そしてここでは2万年前の石器が、、、

などという話しを聞いていると、

すごいスケールの時空を行ったり来たりしている気持ちになり、

じわじわと感動の波がやってくる。

ここは、今も発掘調査の現場なのだ!

 

鍾乳石は40年かかってようやく1㎝伸びる!と聞くと、

この場所がここまで出来てくるのに一体何年かかったのか?

気が遠くなる時間が今目の前にあることが実感できる。

そのスケールに同じ生物として圧倒され、

何度もクラクラする特別な感覚に包まれる。

人間なんて、自然と時間の前にはほんとうに小さな小さな存在。

自分の悩みなど、なんてちっぽけ。

 

入り口は洞窟カフェとなっており、

それもとても魅力的。

ギリギリに着いた私たちは残念ながらここでお茶を飲んで

この空間をじっくり味わう余裕はなかったけれど、

丁寧なインフォメーション、

一人一人に水筒も配られる気配り、

途中暗い場所では火を使ったランプを灯して歩くなど、

味わい深いツアーに大満足!

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古代の二つの祈りの場所(イキガ洞、イナグ洞)では、

今も昔も命の誕生、子供たちの成長へどれほど人の祈りが捧げられたかを想い、

若い二人に将来もし子供が授かるのなら、

その子の健やかな成長を!と祈らずにはおられない。

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大主のガジュマロは、推定樹齢150年。

なぜか何枚撮っても、

樹の頂上にはまるで樹の精霊がいるかのように見え、

森には精霊がいるという昔の人の感覚は本当なのではないか?と思う。

一つ一つに驚きがあり、

時間の壮大な流れ、

そして今と太古のつながりにめまいがするほどでした。

ぜひお薦めの場所です!

 

 

そしてこの日の最後は万座毛へ。

象の鼻のような巨岩は、波が削って作られた自然の力によるもの。

白波が立つ青い海は、鍾乳石をつくるのよりももっと早くに

この足元の岩を削っていくのだろう。

100年、200年と経つと、きっとここの景色も違っているのかもしれない。

今しかない景色。

今しかない時間。

 

二日目の夕食は沖縄料理。

ショーもあって、食事客にショーへの参加も募り、

うちの息子夫婦も笑顔でステージへ。

沖縄の明るい力強いパワーにこちらも元気をいただいた。

そして、お腹もいっぱい。

 

あっという間に最終日。

最初に飛び立つ母の1305の飛行機に間に合うようにと思うと、

せいぜい国際通りをちょっと歩くくらいの時間しかない。

でもその前に、ホテルのビーチへぜひみんなを案内したい。

 

5年前に夫と「結婚25周年前倒しの旅」と称して、

娘の修学旅行のお供(勝手に!)で沖縄に来た際に、

ちょっと見学に立ち寄ったこのホテル。

プールサイドを通り、プライベートビーチに足を延ばしたところ、

そこがとても素敵だった!ので、

今回ここを選んだ。

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朝のビーチはちょうど潮が満ちて来ていて、

入り口が閉鎖されていてがっかりしかかったけれど、

いや、私が行きたい場所はもっと南西側のはずと思い、

もう1か所道がないか探していたところ、

あった!!

 

小さな砂浜だけれど、なんと!ミニ万座毛があり(前は気が付いていなかった)、

波がすぐ足元に押し寄せ、

岩も植物もそして打ち上げられた珊瑚のかけらも、

沖縄の海の素晴らしさがコンパクトに身近に体感できる

他に誰もいない、まさにここはプライベートビーチ。

岩の上にはどこかの家族が、子供たちが遊んだ跡を、珊瑚のかけらが教えてくれた。

うちの家族も皆、ここを喜んでくれたのも嬉しかった。

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そして国際通りに移動。

母と賑やかなお土産物通りを端から端まで歩く。

お昼はまたしても時間がなく、

空港のパン屋さんでパンを買って

飛行機を見ながら出発ロビーのベンチで食べる。

美味しいものもたくさん食べたけれど、

時間優先になったことも、また思い出に残る。

記憶力の良い母ときっと「あの時はああだったね」と思い出話を懐かしむだろう。

 

 

23日の旅行中、青空を見たのは美ら海水族館の時間のみ。

あとはずっと雲が重く垂れこめ、

青い空と海には残念ながらほとんど縁がなかった。

しかし、本を読んでいた帰りの飛行機の中

「ただ今左手に富士山が見えます」のアナウンスに

日除けを上げる。

 

そこには雲の上にただ一つ顔を出す

雪を頂く美しい富士山があった。

雲の上はまぶしい光。

拡がる雲はまるで雪原のよう。

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何も心配することもない旅は曇りで、

これから帰る日常は晴れのお天気。

それは私にはかえって恵に思えた。

楽しい気軽な旅が青空いっぱいで、

帰って行く気がかりな娘の病院の上がどんより曇りだったら

どんな気分か。

 

澄み切った青空や美しい夕焼け、

沖縄の青い海には縁がなかった今回だけれど、

それはまたいつの日かに夢見てもいい。

また行きたいと心に想う沖縄。

今度は娘も夫も一緒に。

 

 

帰りの機内で読み進めた

新聞広告で気になって買っておいた

亡くなって10年経って再発見されたルシア・ベルリンという女性作家の

「掃除婦のための手引書」という短編小説の帯に

推薦者の中島京子さんの言葉でこうある。

 

「人生はただ過酷なわけでも、

ただおかしいわけでも、

ただ悲しいわけでも、

ただ美しいわけでもなく、

それらすべてであり、

それ以上のものだ。

それをわからせてくれるのが小説で、

人生をそのように見る方法を提供するのが小説というものなのだ。

ルシア・ベルリンの短編は、それを私に教えてくれる」

 

この「小説」を「音楽」に置き換えることもできると

私は思う。

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~行きの飛行機では、20歳の時に読んで感動したカラマーゾフ関連の冊子を。

長い小説を今読む余裕はないので、解説版で楽しむ。

なぜ私は感動したのか?20歳の自分に再会するためにも。~

 

 

母が私に向かって何度も

「これからが、帰ってからが大変ね、、」とつぶやいた。

心配そうな思いやりがこめられた母のまなざし。

息子の優しい笑顔。

お嫁さんの明るい笑顔。

一つ一つが心に沁みる静かな優しい時間だった旅。

 

沖縄で流れた時間は、どこか無言でお互いを思いやる時間でもあったと思う。

2日目の夜、私はなぜか寂しいような気持ちが自分の中にあるのを感じた。

どうして?

何が?

貴重な時間だから?

待っている人の寂しさを想像して?

これからの大変さに気が重くなってる?

それとも単に、曇り空に影響されて?

 

 

年に1度、しかも3日しか会えない母。

綺麗好きな母は数年前から

「寝る前はきれいに片づけて、服もきちんと畳んで休むのよ。

もし翌朝目が醒めなかったら、それでもいいと思っている」

という言葉を何度もつぶやいている。

そういう時はそれはどこか、予言とか遺言のようなものだと

私は経験から知っている。

いえ、それ以上にその言葉は母の願いであり、

繰り返しつぶやくことでもしもそうなった時に

家族に安堵の置き土産を遺したいと願う母心なのだろう。

 

母と私だって確執がなかったわけではない。

甘えることができなかった厳しい母に対して、素直になれない私。

でも、時間というプレゼントは全てを溶かしてくれ、

今、これまででもっとも良い関係でいられると思う。

それには、一緒に暮らしてくれている弟夫婦の優しさが、

母の日常を幸せにしてくれているからこそ。

 

 

旅行中、PCメールは転送されてこないし(昨年末から)、

スマホメールさえも届かなくなり、

いろいろ器械は不具合があって外と遮断され、

この間連絡が取れるのは家族とのlineFacebookのメッセージのみ。

移動中に、

夫にはlineで今こんな感じと写真を送り、

弟夫婦と、写真は自分では撮らない母に後で見せてもらうことも兼ねて、

義妹にもFacebookのメッセンジャーで写真を送る。

 

母は幸いまだ元気なので、

きっとまだずっと先だろうけれど、

誰にでもいつかは避けられない日が来る。

そんなことをどこかに感じながら、

この旅は母と私、そして息子たち三世代の中で、

大切な思い出として共有されていくのだ。

私の寂しいという感覚は、

その大事な時間が一つ終わろうとしていくことを想ってなのだろう。

 

しかし、そんな勝手にしんみりしないで、

またいつかこんな機会を作ろうと思う。

静かな素敵な時間を持てたことを感謝と共に、

またいつか!という希望に替えていいのだと思う。

 

 

入院してすぐ病室に、夫が一枚のCDを持って来てくれた。

1月は、父と妹が亡くなった月。

二人の命日は一日違い。

7年闘病した父は最期を悟って

「お父さんの葬式には家路を流して欲しい」と亡くなる2か月まえから私に告げていた。

ドヴォルザークの新世界第2楽章にあたる「家路」は、

近所の小学校の17時の完全下校の合図の放送で流れる音楽。

クラシック音楽には疎かった父も、

この曲には親しみを抱いていたのだ。

そして、あの世に「還る」と感じていたのかもしれない。

 

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たまたま持っていたダニエル・コビアルカの2倍遅いテンポの静かな「家路」のCD

父の希望通りにお通夜からエンドレスで流したところ、

響きが空間を清めてくれ、

別れの時をとても美しくかけがえのないものにしてくれたことを

音楽への感謝と共に深く記憶に留めている。

 

母はその時父に何と言ったらいいのか言葉に迷い、

「私はグノーのアヴェ・マリアで送ってほしいと返した」と言っていた。

そのグノーのアヴェ・マリアは、

私が小5でヴァイオリンを始めて1年目の最初の発表会で、

唯一、妹と私で一緒に弾いた曲。

だからなのか?単に母が個人的に好きだからなのか知らないけれど、

私はどこかで私たち姉妹の思い出の曲だからではないかと思ったりしている。

誰でも自分の、そして家族には家族の、思い出の音楽がある。

 

去年は息子の結婚式で、考えてもいなかった初の親子共演が叶った。

二人でエルガーの「愛の挨拶」と葉加瀬太郎の「情熱大陸」を弾き、

一生の思い出がまた一つ増えてとても嬉しかった。

旅も、音楽も、思い出という形で人を支えてくれる力を持っている。

 

 

いつもは娘第一優先の私だけれど、

こうやって娘以外の大事な人との時間を大事にできたとこと、

夫の協力、

娘の無言の許可、

新しい決断ができた自分の変化にもありがとうと思う。

 

 

 

 

 

2020年1月17日 (金)

学び多き本番

 

今年最初の本番、第249回つくば朝のサロンコンサート、

たくさんの友人が応援に駆けつけてくれる中、何とか終わりました。

1月という寒い時期のモーニングコンサートは、いつもは空席が目立つところを、

娘のことを心配してくれる友人たちの温かい気持ちが、寒さを忘れさせてくれ、

二人で汗だくになって燃焼した本番でした。

本当にありがとうございました!

 

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しかし、個人的には反省することが山のようにあり、

これから具体的に問題点を洗い出すのが大変です。

一番の問題点はテンポ設定にまつわること。

プレストで弾かなきゃ!と思いすぎて、

気が付くとデュメイやカヴァコスのCDよりも速く弾いていることに最近気が付き、

私が何もそこまで速く弾く必要はない!このまま本番を迎えると

更に本番テンションでテンポが上がって崩壊するかも、、?と危ぶみ、

つい最近テンポを落とす。

しかしそれに慣れず、なんか弾きにくいまま今日を迎えてしまいました。

 

進みたいのにブレーキを掛けながら弾いている感じもあり、

3楽章は1小節1拍で取っていたのを、少しテンポを落とすと1小節2拍に感じ、

かなり感覚が違う。

そんなこんなで事故多発(>_<)

速い話、まだまだ余裕がなかった。それに尽きます。

あ~怖くて録音聴けない。。

 

しかし、二人で話したのはお互い個人的にはいろいろあっても、

「曲の世界で懸命に生きようとした充実感の中にいることができた」ということ。

だからこその、最後にいただいたお客様のブラヴォーだったと思いました。

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クロイツェルソナタは、二つの楽器が競い合うようにほとんど協奏曲のように、

というベートーヴェンのコメントが残っていますが、

私は競い合うというよりは、大変な中二人で一緒に乗り越えようとしていたという感覚で弾いていました。

これも長年一緒に弾いているパートナーとの信頼関係あってこそ。

 

私たちは、相手のことを心配せず、「最後はどうにかするだろう」と思って信頼しているし、

「ここは」というところは臆せず伝える。

思っていることがその通り伝えられるかどうかが難しいのはどんな人とでもあることだけれど、

彼女からは相手を尊重することをずっと学ばせてもらっています。

 

もっと譜面を読むこと、

ディスカッションすること、

何よりも細かく練習すること、

課題は山積ですが、44日にもう一度弾けるので、そこを目指して頑張ります!

何よりも学び多くクロイツェルソナタに感謝!

高い山は、登ること自体にも意義ありでした。

もちろんその先に進まねば!です。

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今日は改めて共演者、そして万全のサポートの朝コンメンバー、

応援に駆けつけてくれたたくさんの友人、

クロイツェルソナタ、

朝コンが大好きなお客様に心より感謝の一日でした。

 

 

娘はその後、リハビリに行くのにベッドから車椅子に移動する際、

大丈夫な右足を軸に移れるようになり、骨折の療養は順調のようです。

しかし、このところ低気圧が日本列島の周りにいくつもあって、発作が多発。

病院にいるから、もしもの時に救急車を呼ばなくてもいいという安心感で救われています。

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という状況ですが、、、

明日から私は母と息子夫婦と沖縄へ。

夫の定年お疲れさまで母が企画してくれた旅行ですが、夫は病院に付き添ってもらい、

私が82歳の母との時間を持つことになりました。

その代わり交代で、夫が来週一人で撮影旅行に出かけ、リフレッシュしてもらいます。

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できることは工夫してやる。やりたいことは我慢し過ぎない。

という気持ちで、これからの長い介護生活頑張りたいと思います♪

 

 

今日のブログは、ほぼFacebookの投稿と同じもの。

今朝は4時に目が覚めて、うつらうつらしながら頭の中で練習し、、、

というスタートだったので、さすがにもう眠い。。

 

沖縄から帰ってまた今日のことについて書くかも?

いや、沖縄に頭と心を占領されるかも?

 

 

 

2020年1月13日 (月)

14(火)12:30ラヂオつくば生出演!

お知らせです!

明日の火曜日、お昼の1230~の20分間、つくばラヂオに生出演します!

FM 84.2 MHzです。

 

17日(金)朝のサロンコンサートのコンサートのお知らせを、

パーソナリティ 田中いづみさんとの対話形式でお届けします。

 

これまでも何度か出演させていただいてきましたが、

とっても明るく楽しい田中さんとは話が弾み、どんどん会話が展開していつも時間が足りない!と思うほどです。

 

膨大な伝えたいことの山の中から、では今はどれを話したいか?考えてからつくば向かいます。

でないと、大事なことを言い忘れて単なるおしゃべりになっては、ただ楽しかっただけで終わってもったいない。

.

お時間がございましたら、お昼のランチタイムにちょっとお聴きいただけると嬉しいです。

 

そして何よりも、金曜日のアルスホールで1030開演の朝コンにお待ちしております!

 

 

2020年1月11日 (土)

1/17(金)つくば朝のサロンコンサート!

 

 

月曜日に無事に左足首骨折の手術を終えたうちの娘。

お蔭様でその後元気にしています!

1か月は荷重をかけてはいけないそうで、とにかくベッドの上での生活。

寝るか座るかだけですが、入院中はリハビリが毎日あるので、

使っていない足首が固まって来ないようにマッサージを受けられて有難い。

何も動かないのって筋肉が落ちて後が大変かもしれませんが、

今は仕方ない。

時間が薬とは言い当てて妙。

 

過去の骨折の際のレントゲンでは、

1か月経ったあたりからようやく仮骨が見え始めるという感じだったので、

今はまだ全くくっついていない時期。

手術はズレないように留めてもらっただけ。

全治34か月と言われています。

足は腕よりも大変かな、、、。

 

現在、夜間は母、日中は父が付き添っている体制です。

今も病室でこのブログを書いています。

私は本番も近いので昼間は家で練習して、少し家仕事。

夕方お風呂に入って(時間が足りないので1日おき)

夕食を二人分作ってランチジャーに入れて病室に向かうというのを繰り返しています。

意外にとっても忙しい。

 

だれかに常に付き添ってもらえる娘は、こんな状況でも幸せというものでしょう。

でも、一人にして誰にも気がつかれずに発作が起きたら大変。

そして何をするかわからない。

(勝手に立とうとする、、とか!)

娘が寂しくないようにというのもあるけれど、

これ以上大変なことにならないように、見張ります!

 

そんな看護生活ですが、

確実に日一日と本番が迫って来る。

練習時間以外も、資料を読む、楽譜を読む、そして考えると、

時間は全く足りません。

でも、宣伝もしなきゃ!でブログupします!

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~病室から見える清々しい朝焼け。日頃こんな風景をしみじみ見ることもないなあ、、。これも有難いことかな。~

 

 

2020年は、ベートーヴェン生誕250年の年。

生誕300年まで自分が生きているとは思えないから、

ベートーヴェン祭りの今年をしっかり記憶していたいと思うし、

私も演奏できるのを嬉しく光栄に思います。

 

こういうメモリアルイヤーには、記念演奏会以外にも、

新しい研究成果、出版物が続々と出てとても興味深いのです。

一生かかって勉強するのに最適なベートーヴェン。

新しい発見に満ちた、スタートの年となることは間違いない。

私も今週金曜日にまず1回目を朝コンで、

そして44日に再び、ベートーヴェンのクロイツェルソナタを演奏する予定です。

 

 

特に今週金曜日、117日はベートーヴェン祭りのプログラム。

この日演奏する全てがベートーヴェンの曲というわけではありませんが、

偉大なるベートーヴェンからインスパイアされた作品から始まり、

若き日の陽気で楽しいベートーヴェンの姿を伝わる6つのドイツ舞曲、

有名な「トルコ行進曲」を華やかな変奏曲に仕立てたとても魅力的な小品(ピアノソロ)、

そしてヴァイオリンとピアノのソナタの最高峰と名高いクロイツェルソナタで

1時間のプログラムをお届けします。

 

1曲目のクライスラー作曲「ロンディーノ」はベートーヴェンの主題によるもの。

とても愛らしい作品で、ウェルカムの気持ちを込めて演奏したいと思います。

 

2曲目のチャイコフスキー作曲「アンダンテ・カンタービレ」は、

元は弦楽四重奏曲の第2楽章。

それをクライスラーがヴァイオリンとピアノで演奏できるように編曲したもの。

なぜベートーヴェン祭りにこの作品が登場するかというと、

ちょっとした連想ゲームのノリ。

 

ロシアの文豪トルストイが、このアンダンテ・カンタービレの原曲を聴いた際に

チャイコフスキーの目の前で泣き崩れたという有名な逸話があるからです。

元はウクライナ民謡で、ペチカ職人が歌っていたものを元に作曲された

アンダンテ・カンタービレにトルストイもロシア魂を感じたのでしょうし、

農奴解放に立ちあがって働いたトルストイにとっても

農民の歌がこのような芸術作品として生まれ変わることに

同じ芸術家として特別な想いを抱いたのも当然ではないかと思われます。

 

そして、トルストイといえば、「戦争と平和」「アンナ・カレーニナ」もあるけれど、

やっぱり「クロイツェルソナタ」。

私も読みましたが、、、

自分の感覚とはかなりかけ離れていて共感はできなかったものの、

その突き詰めて思考する深さとエネルギーには圧倒されました!

 

物語の核心部分に、主人公の妻と客人のヴァイオリニストが

この第1楽章を演奏する場面があります。

クロイツェル独特の解釈で、

妻とヴァイオリニストに激しい嫉妬を燃やして悲劇が起こる

というきっかけとなったのが、

この曲というからすごいではありませんか!

 

しかし、曲の解釈というのは100人いたら

100人が別のイメージを抱いてもおかしくないもの。

あまりにも激しい第1楽章に、

男女の狂おしい感情を読み取るクロイツェルってどんな人?と思ってしまう私ですが、

たしかに激情と半音を駆使して登っていくなまめかしさは、

理解できないでもない部分もあり、、です。

 

と言っても、私のイメージはまた別のところにあり、、、。

それは今はお話ししないことにしましょう。

強いて言えば、激流下りといった感じでしょうか。

激流を小舟で下っていくスリルと勇気をもって

演奏したいと願っています。

 

時折、穏やかな水の流れの箇所もあり、

緩急鮮やかなクロイツェルソナタ。

安全に弾いたって、何も伝わらない。

けれど、岩にぶつかって転覆はしたくない。(>_<)

さてどうなるか、、、。

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ベートーヴェンがこの作品を作曲していた1803年。

当時はフランス革命直後の巨大な社会的エネルギーの渦の中にあり、

フランス以外の国にも革命の精神、

社会の混乱が及んでいた歴史が大きく動いていた時代。

 

ベートーヴェン自身も難聴を患って絶望し、

有名なハイリゲンシュタットの遺書を書いたのが、この前年。

この1803年はベートーヴェン33歳。

22歳でウィーンに出て来てから10年が過ぎ、

社会的にはピアニストとしての不動の名声を手にし、

作曲家としても数多くの名曲が生まれ

まさに脂が乗って来ていた時期でした。

 

ハイリゲンシュタットで書かれた手紙は「遺書」と呼ばれているものの、

現在は「遺書」ではなく、二人の弟に宛てた手紙、

実質的には人類に向けた芸術家としての決意表明として受け止められています。

つまり、自分の運命も、社会の激動も、全て受け止めて進んでいこうという

エネルギーが充満していた。

 

大きな人物が歴史の舞台に出て来る時には、

その人は民衆を代表する象徴して存在するようです。

ベートーヴェンはこの頃から「傑作の森」と呼ばれる

非常に内容豊かで多産な時期に入っていくのも

時代のエネルギー、そしてベートーヴェン自身の決意による

自分のエネルギーの扉を開いたからこそ成し得たのではないかと思われます。

そこに触れられるだけでも、心が震えます。

 

さらに、なぜヴァイオリンとピアノのソナタの最高峰と呼ばれるかというと、

これ以前まではヴァイオリンはオブリガート(飾り)で、ピアノがメインだったのが

今でいうヴァイオリンソナタの形。

「クロイツェル」から、ようやく完全にヴァイオリンとピアノが対等になり

新しい世界が開けて来る。

 

ここら辺のことまでは、

資料を読めば誰でもわかること。

さらにこれも専門家なら皆さまご存知ですが、

クロイツェルソナタの第3楽章は、実は第6番のソナタの終楽章のために書かれたものの

華やか過ぎて6番に合わないという理由で棚上げされていたものを

転用したこと。

つまり、終わりが決まって最初を考えるという順番なのも面白い。

 

しかも、第1、第2楽章の作曲は1か月足らずでなされたというから驚きです。

テーマを決めるのに10もの素材候補の中から、

もっとも展開できるものを綿密に選び抜くベートーヴェンにしては

急ぎ過ぎていない?と思ったりしますが、

この頃本当に忙しく、しかも常人ではあり得ないエネルギーの塊であったからこそできたことではないか?と思います。

 

時代を反映し、自分の状況エネルギーも手伝い、

あまりにも激しい第1楽章と

完全な対比を取る平和の2楽章。

2楽章は変奏曲という古典的なスタイルですが、

即興演奏の名手であったベートーヴェンらしさの選択。

でも、どこを弾いても難しく、気が抜けない30分。

 

ベートーヴェンの足元、裾にさえ及ばなくとも、

自分なりに山を越えて頑張ろうとする今の私を

この作品にも投影して演奏できるのかもしれません。

自分なりのことしかできないけれど、

それも大切に、誠実に向かいたいと願う。

でも、何といっても作曲家への敬意から、演奏をお届けしたいと思います。

 

2020年最初の「つくば朝のサロンコンサート」。

私たちのこのグループも、来月は250回目。

117日は249回です。

1030開演の1時間のモーニングコンサート。

当日券のみで、一般¥1500と手軽です。

 

114日からいつもの図書館脇のエレベーターが点検工事に入るそうですが、

業務用エレベーターを貸していただけるとのこと。

車椅子、ベビーカーをご使用の方は、ぜひ通用口近くの業務用エレベーターを使って

2階のアルスホールにお進みください。

 

1階のカフェ・オハナさんもこの日は10時から開店で、

プログラムに付いている半券を見せていただいたら、

飲み物50円引きになりお菓子も付くという嬉しいサービスも提携させていただいています。

 

2020年の最初のコンサートを、ぜひ朝コンでお過ごしください。

お待ちしております!!

 

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~今日練習している時、ピピはここで寝ていました。カメラを向けるとパッと目を覚ます。

こんな近くだとうるさいだろうに~~

 

 

2020年1月 7日 (火)

平和の笑顔

 

 

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます!

そして、手術無事に終わりました!!

お祈りいただき、心より感謝申し上げます。

 

昔の私なら、人に言わずに堪えていたかもしれませんが、

年取ってきて弱って来たせいか、

「一緒に祈ってください!」と言わずにはいれない心境でした。

心配に寄り添ってくれた方、

勇気と希望を与えてくれた方、

たくさんの温かい気持ちとメッセージに支えられました。

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~1/6手術の朝の病室から見える空~

 

 

1228日に娘が発作で転倒して左足首を骨折。

年末年始8日間家で過ごした間、

彼女は家族に幸せな笑顔を振りまき、

手術のために土曜日に入院。

手を叩き足もばたつかせて喜ぶほど嬉しかったお正月だったのに、

入院したら気落ちしたようで、一気に表情が暗くなりました。

「わたしはどうなるんだろう、、、」と思っている様子。

 

今回何よりも学んだことは、今を生きること。

先の心配でもなく、終わった過去の後悔でもなく。

「障害があるからわからないんでしょ」と思われがちですが、

いえ彼女の強い魂は全てを知っているはず。

麻酔がかかる直前の、母に向けてくれた完全なる平和の微笑み。

多分、私の中に一生残り続ける光に溢れた笑顔を娘からもらいました。

感動するほどの圧倒的な微笑みでした。

 

 

もちろん彼女はいつも能天気に笑っているだけの人ではありません。

脳波が乱れてくると、険しい表情になり、機嫌が悪くなる。

目の前にある物を忙し気に右から左へ、

再び左から右へと移し替える動作を繰り返す。

そんな時は声をかけられても耳に入らない。

それは彼女の頭の中がてんかん波で荒れている様子を

そのまま外に映し出すかのよう。

 

はっきりした性格なので、怒る時は激しく怒る。

嫌なものは嫌!

でも基本は陽気で楽しいことが大好き。

ふざけることも大好き。

誰とでもすぐ仲良くなれるようで、

本当に慣れないとこんな姿は見せてくれません。

 

ど~んとしていて平和な時は、

家族は癒されに擦り寄りたくなります。

娘が甘えて来ることよりも、

家族の方が癒されたくてハグしに行く。

心配や苦労は多くても、

娘からどんなに癒しの力をもらっていることか。

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お正月らしい寒さではあっても快晴のお天気には、心も晴れどこか安心があります。

年末年始は忙しいから、そして今月の本番のことが気になるからということで、

かえって前もって余計に手術のことを考える余裕がなかったのも

私には幸いしました。

常に今目の前のことを考え、次の準備に追われる。

 

いつもなら心配でたまらなくなるのが、

無事を信じて待つことが出来たのは

私にとっては大きな変化。

娘の笑顔の力。

そして、友人の力強いメッセージのお陰でもあります。

 

麻酔医に、執刀医に、看護師に、

繰り返し麻酔のリスク、寒さのリスクを伝える。

5年ほど前に、脳のMRI検査の際に眠り薬を使ったところ、

呼吸が落ちて人工呼吸で慌てるという経験をして以来、

麻酔が必要な手術は避けたい!と願って来ました。

 

でも、手術には麻酔医も、小児科医も入り、

寒い手術室を温め、

薄い手術着にはたくさん羽織ってよしとなり、

心の頼りのぬいぐるみ「かめちゃん」も連れて行っていいですよ

お母さんも麻酔が効くまで手術室に一緒に居てくださいと言われ、

お願いしてもいない数々の配慮をいただいた。

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病院スタッフが、安全に手術を進めるにはどうしたらいいか?を検討してくれたお陰だとその気持ちにとても嬉しくなりました。

お蔭で随分、安心だと思える状況が整って、

手術に臨むことができました。

 

病院スタッフも仕事とはいえ、ただマニュアル通りに動くのではなく、

目の前の人、目の前の状況に応じて考えて

心を使って最大限のことをやろうと動く。

どの仕事も音楽と同じなのですね。

 

手術自体は2時間で終わる、ごく一般的な整形外科手術ではあるものの、

本人と家族にとって手術は手術。

夜中まで点滴、酸素、血栓予防の装置を使い、絶対安静を守る。

なのに、翌日からリハビリ開始というから驚きます!

ただ、今後の展開はちょっとはっきりしない。

通常なら入院は10日とのことですが、

松葉づえがつけない娘は、

もしかしたら1か月半~2か月の入院(転院して)になるかも、、、とのこと。

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今朝は5時にてんかんの大発作が起こり、

微熱もあり、昨日丸一日絶食だったのに食欲もなく、

どんよりしています。

明日は嵐の天気だそう。

また994hPaになるらしい。。

でも、いつものようにパズルをして遊ぶ姿を見れるのは

いい方向に向かっている証拠だと思える。

 

とりあえず、

家と施設用に転倒防止のサドル付きの歩行器を購入しよう。

足首を守るハイカットの靴は、

お正月の2日に夫に近くの靴屋をはしごして、

かき集めて買って来てもらった。

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寝るのは1階で。

椅子も替えよう。

しかし、2階のお風呂はどうする?

階段が一番リスクが高い。

1階にリフォームする?

今後安全に暮らすにはどうしたらいいかを検討することは

山のようにあります。

 

バン!と倒れる発作が増えているこの冬。

次の転倒、骨折のリスクを極限まで減らすには

どうしたらいいか?

気を付けるという心のエネルギーに頼る前に、

安全な環境造りが先決です。

娘の命と笑顔を守りたい。

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~病室にいつもの音楽を持ち込んで、空気の振動から安心を得る!~

 

 

こういう緊急事態になった時に

私が持ち出してくるのはある1冊の本。

20代の頃、一つ違いの最愛の妹が病気になって

悲しくて仕方なかった時期に支えてくれた1ページ。

なぜここなのか、自分でもわからなかったけれど、

それ以来、本当に困った時はこの言葉に支えてもらってきました。

この言葉に心を寄せて30年以上も経って、

今回ようやくこの境地の端っこにたどり着けたかも、、、という気がしています。

 

 

「あなたが何をするのであれ、たとえそれが急を要したり、

非常な注意を払ってすべきことであっても、

私はあなたにあれこれ考えたり、

心をかき乱されたりしないでもらいたい。

なぜかというに、

あなたのすることは、

それが大変なことであろうと些細なことだろうと、

その問題の八分の一にすぎないのだからだ。

 

万が一仕事を成し遂げるのに失敗するとしても、

心の状態を平静にしていることが八分の七に相当する。

 

それゆえ、もしある仕事にあなたが専心して、

それを完全に成し遂げたいと願うなら、

それを完成しようとせよ

それが私の説明したとおり問題の八分の一である。

 

そして同時にあなたの心の状態がかき乱されないように防いでおけ

この方が問題の八分の七となる。

しかしながら、もし仕事を成し遂げるためにあれこれ思いわずらって、

心が翻弄されたり、

自他とも傷つけあったりしたならば、

あなたは八分の一を守ろうとして八分の七を失ってしまうことになるのだ。

そのような事態を招かぬよう、気を付けてほしい。

 

16世紀の修道士 聖アバ・ドロテウスの言葉 

「覚醒への旅 瞑想者のガイドブック」 ラム・ダス  P174 より」

 

 

娘は私にとって人生の一番の先生です。

彼女を通して学ばせてもらっています。

障害を抱えて生きている人は、

周りの成長のために無償の心で自分を差し出してくれているのかもしれません。

誰よりもあなたにありがとう。

 

さあ、娘の体調、これからの日常のことも考えながら、

来週の本番の準備に戻らねば!

頑張ります!!

 

117日(金)つくば朝のサロンコンサート。

1030からアルスホールで開演です!

 

2019年12月31日 (火)

今年最後の

 

 

今年はなんとか救急車に乗らずに済んだ、、、と安堵しかかったのに、

暮れも押し迫ったこの時期に、アクシデント発生!

 

今年1月、私の本番の前日に施設の散歩中に転んで右腕を骨折した娘。

今年は不運の年なのか、28日(金)に今度は左足首を骨折。

ここは動かす場所なので手術が必要と言われ、

年明け早々に手術の予定です。(涙)

 

先週は月曜日に施設の散歩中に発作で倒れ、リハーサル中に電話が入る。

それは軽い打撲程度で済んでいましたが、

その後も重い発作はないものの、なんか怪しい、、、は続いていました。

ほんのたまにではあるけれども、

ノックアウト系の発作が予測不能的に起きる。

もともと発作とは予測不能なもの。

 

回数がたとえ少なくとも、

立っている時にこのミオクロニー発作に見舞われると倒れてしまい、

勢いがあり打ちどころが悪ければ骨折のリスクが高くなる。

とにかく疲れないように、発作のリスクを減らせるように心を砕いた1週間。

でも、それ以外はニコニコ笑顔の多かった今週。

発作は注意しつつも、その笑顔に癒されていました。

 

今週は水曜日の鍼の予約もキャンセル、木曜日のレッスンも行けず、

予定はことごとく中止。

でも我が家は何といっても娘が第一優先。

だがそれでも、だめでした。

 

金曜日の朝710

2階の廊下で発作を起こして後ろに転倒。

この時間がまさに、その日の気圧の谷の底。996hPaという台風並み。

後で友人から「事故、怪我に逢わないように慎重に行動しましょう」との

メッセージが入っていたことを知り、

このところ親しくしてもらっている彼女は予感があったのかしら?と思う。

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~この日は夫の定年退職の日でもありました。。~

 

 

娘は倒れた後も発作が続き、ダイアップを入れて廊下で寝てしまう。

お昼寝布団と掛布団を持って行って、

2階の全てのドアを閉めてなるべく温かさを閉じ込めて、遠赤外線ヒーターも使用。

しばしここで寝かせていても大丈夫な環境を整える。

 

9時過ぎには目を覚まし、自分で起き上がって座っている。

目を合わせるとニコニコするので安心できた。

しかし、起きようとするけれども、立てない。

私が手を貸しても立てない。

困っている様子。

 

廊下で歯を磨き、お水を飲ませて、

もう一度「立ってみる?」とトライするものの、結果は同じ。

どこか打って痛いのかな?

もう少し時間をみる?と

間隔を明けて本人も何度もトライしてみるが、

やっぱり立てない。

立たせようとすると嫌がる。

 

 

これはいよいよおかしい。

身体をいろいろ触ってみるが特に変化はなし。

脚は動かしている。

でも特に痛がっていないからって、何事もないとは限らないのがうちの娘。

我慢強いのか、痛みに鈍いのか、あるいは両方なのか、

いえ超越しているのか(多分これ!)、

今まで何度もの骨折の際も、

レントゲンを撮って初めて気づくということを繰り返して来た。

 

仕方なく、救急車を要請する準備をしている間に、

私も緊張してくる。

ねん挫ってこともあるよね、、、などと自分に言い聞かせながらも、

落ち着かない気持ち。

こういうのを嫌な予感というのか、、、。

 

救急救命室に入り調書を取られ、いつもはどんな感じかを説明していて

ふと足を触ると明らかに左足首が腫れている。

もしかして、ここ、、、?

レントゲンを撮ると、2ヶ所折れていた!!

ああ~~~!!!

 

でもね、うちの娘、

ストレッチャーの上に寝ていて私の顔を見るとニコニコする。

「ママ、わたしはだいじょうぶよ」とでも言っているかのような

完全なる平和の笑顔。

 

痛いはずよね?

3日経った足は腫れて青あざだらけ!)

健気な様子にますます可愛そうで愛おしさが増す。

でもその笑顔が伝播したのか、

担当になった看護婦さん最初は忙しくて険しい表情だったのが、

帰り際には同じ人とは思えないキラキラ輝く目の笑顔になっていた。

とっても不思議。

 

ドクターから説明を受け「入院しますか?」の問いに

「そうですね。帰れないので」と答える。

でも、待って。

たしか、介護タクシーというのがある。

車椅子だけでなく、ストレッチャーのもないかな?と調べたら、

ありました!

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~どうやって家の中にストレッチャーが入れるのか?と思ったら、

こんなグッズを使ってました!~

 

 

病院スタッフにストレッチャーで帰ってもいいか尋ねたところ、

OKとのこと。

手術まで特にすることはないらしい。

娘は添え木を当てられ包帯で巻かれ、

一応患部を守ってもらって痛み止めを処方されて、

無事帰宅。

 

だって年末、久しぶりにお兄ちゃんが帰って来る。

家の方が看護は大変かもしれないけれど、

病院で寂しく別々にお正月を迎えるよりも、

家族そろってお正月を迎えられた方がみんな嬉しいに決まってる!

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これからストレッチャー→ソファに移動。大好きなかめのぬいぐるみなんかヨシヨシしていて、痛い素振りもない?~

 

 

実際に帰ってみると、

初日はどこでどうやって安全に寝るか?

いろいろ試行錯誤。

ソファが居場所になった娘は、夜間私が気が付かない間に落ちないように、

ソファを二つ向かい合わせにして大きなベッドにして寝かせる。

大人ならもしかしたら松葉杖ついてトイレに行けるのかもしれないけれど、

うちの娘はそんなことできないのでトイレのことも大変。

 

でも、やっぱり家族みんな一緒というのは嬉しいもので、

それだけでも幸せだとわかる。

お嫁さんも明るい子なので、

彼女が居るだけで明るい光があるようになって有難い。

娘もお兄ちゃん夫婦の結婚式と新婚旅行の写真を散々見ていたので、

お嫁さんを見て「あ~♪」(この人!というニュアンス)と指さして

とても喜んでいました(^^

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~毎日なんだか落ち着かなく、とりあえず冷凍庫に用意していた若鳥を解凍して、オーブンで焼く。

オーブン料理は楽です。

そして、台風の時に備蓄として買ったリッツにクリームチーズを塗ってワインのお供に~

 

 

骨折のショックにめげていたけれど、

本人の笑顔にむしろこちらが力をもらい、

少しずつ手術前の自宅療養にも慣れて来て、

次にうちの母のことが気になって来た。

 

1月の本番翌日から、母と息子夫婦、そして私たち家族の計6名で

沖縄に行く予定になっていた。

随分前から母が言い出して、具体的に予約したのは10月。

母は電話口で何度も「楽しみね~」を繰り返していた。

 

ドクターに沖縄旅行の話を尋ねたら(もちろん車椅子のつもりだったんだけれど)

「それは無理ですね」との返事。

やっぱり諦めるしかない。

母になんて言ったらいいか。

きっととても落胆し、悲しむだろうな、、、。

孫娘の心配とも重なって、かなりのショックではないかと想像すると

自分の胸の中に涙が拡がって来た。

 

いつも元気な母だけれど、もともと気丈でやせ我慢かなりの強がり。

しかし、ここ数年だいぶ気弱になって来て、年取って来たのを感じる。

そして実は母もちょこちょこ骨折する。

(二人に囲まれた私も用心しなきゃ!!)

去年は骨折で半年寝て過ごしたのに、今年は元気に過ごせた!と喜んでいるけれど、

またいつ母が骨折になるかもわからない。

 

昔々20代の頃に、仲の良かった妹と一緒に

初めてのヨーロッパ旅行を計画したことがあった。

その時妹は仕事が忙しくて結局行けなくなり、

代わりに母と一緒に旅を楽しんだことがある。

 

しかし、その4か月後妹は病気になって寝たきりになり、

1年半後に亡くなった。

母が残念そうに「あの時一緒に行けていたらね、、」と何度つぶやいたことか。

その時、後でとか、いつかはないのだと悟った。

それ以来、誰に何と言われようとも

後悔したくなかったら、

今やりたいことは、もしできるのならやると決めて生きて来た。

 

でも娘のことはそれとは別。

無理や負担は掛けられない。

今までいろんなことを諦めて来た。

そしていつもの私なら、

こういう時娘を置いて旅行になんて行けるはずがない!と思う。

 

でも今回は、もしかしたらもうないかもしれない、

いやまたあるかもしれない、

どちらかはわからないけれども

年老いていく母との時間を持てる大事な機会。

いつも娘のことばかりを心配している私を心配する母

という図が出来上がっているけれど、

80代の母を思いやるための時間は永遠にはないだろう。

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~母が作ってくれたお正月のミニドールハウス。

ガラスのねずみは、11月末に訪れた笠間のギャラリー「門」でみつけた~

 

 

夫はお正月に田舎で同窓会があり、

彼の両親も楽しみに待っている。

手術に間に合うように予定を早めて帰ってくるけれど、

やはり中止せずに出かける。

私も母との時間を持ちたいと願う。

幸い、沖縄に行く日程は術後10日以上経っている。

 

母の気持ちのフォローをしてもらおうと思い、義妹にメッセージを送るものの、

短い時間に方向転換を決める。

ただし、予定を少し縮めて。

この決断は今までだったらまずなかったこと。

 

そして、今までだったら、

もっとああしていたら、、、と自分を責めたり、

あるいは傍に居た夫を「もっと気を付けて」と責めただろうに、

やれるだけのことをやっている

誰も悪くないと思える自分がいた。

自分を責めなければ人も責めなくて済むのだと。

 

娘も最初、「沖縄に行けなくなったね」と落胆していた私の言葉に、

ふと見ると涙が流れていた。

うわ~ごめん!

あなたのせいじゃない。

一番辛いのはあなた。

 

なのに、それ以外は笑っている!

家族が代わる代わるソファに居る娘のところに行って

ハグしたりすり寄ったりするのが嬉しいみたい。

彼女は今という関わりの中に生きている。

 

夫は12月で定年を迎え、2月から同じ職場に再雇用でお世話になるけれど、

1月は休暇。

私にとってそれは幸いなことで、

本番の準備もできるし、

看護を一緒にやってもらえてとても助かる。

でも彼は看護のための1か月休暇か、、、とちょっとがっかりした様子。

ならば、術後落ち着いたらあなたも一人で撮影旅行にでも出かけたら?と提案。

 

私たちの娘を支えるこの生活はずっと続く。

うまく折り合いを付けて、息抜きしながら頑張らないと、

パンクしてしまう。

介護している人は皆そう。

 

その前に、手術を乗り越えなければ話は始まらない。

娘の骨折はよくあるパターンの一つのようで、

多分整形外科医にとっては慣れた手術のはず。

怖いのは麻酔。

てんかん患者の娘は大丈夫なのか?やはり不安が拡がる。

 

でも、いつも励ましてくれる友人が

「その笑顔があるなら、大丈夫ってことよ!」と力強いエールをくれた。

きっとそうよね!と思いたいし、そう祈る。

 

そして、そ手術と沖縄の間に大事な本番がある。

金曜日の救急待合室で待っている間、

これから本番で弾く予定がベートーヴェンで本当に良かったと思った。

試練を乗り越えて力強く生きたベートーヴェン。

その作品を弾くこと自体が私を支えてくれる。

そして一緒に演奏してくれるのが、

いつもの信頼のパートナーだということも。

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~救急から戻った夕方、16時過ぎにようやくお昼ご飯を食べ、

心を慰めるために盟友からいただいた美味しい紅茶を淹れる。~

 

 

新たな試練と、新たな扉の前に立つ年末。

新しい年をどう迎えるのか

私は何を選び

どう生き

私なりにどう音楽と関わるのか。

 

娘を守るのは大変なことだけれども、

いつも生きていてくれるだけで、

彼女の笑顔が見れるだけでいいと思っている。

命は与えられ、生かされるもの。

彼女は家族や周りの人の学びのために自分を差し出しているかのような存在。

 

手術を無事に終えて、

また笑顔で元気に歩けますようにと一緒に祈っていただければ

本当に嬉しく私たち家族の力になります。

何卒よろしくお願い申し上げますm(__)m

今年最後のブログがこんなことで申し訳ありません。

 

そしてどうか皆さまも良いお年をお迎えください。

 

ps 

年賀状はバタバタと昨日投函しましたが、なんと写真は昨日の朝のもの。

娘の笑顔を見ていただいたら、これが骨折している人?と思うほど。

手術さえうまくいけば、大丈夫なはずです~

 

 

 

2019年12月29日 (日)

今年納め

 

 

実は、木曜日の夜に書いて、翌日写真を選ぼうと考えていた今回のブログ。

翌朝緊急事態発生!で、数日遅れでアップすることになりました。

日々究極の時間。

時間があったら、年内にもう1本ブログを書くかも?です。

 

今日の午後はまずはこのブログをアップした後、年賀状作成。

我が家はまだ半分クリスマス飾りが残っているけれど、夕方は練習の時間を持ちたい。

でも何があろうと、家族でお正月を迎えられるのは幸せです。

 

・・・・・・・・

変なタイトルになりましたが、

仕事納めにちなんで、ブログも今年納めということで。

この11月、12月は2本しか書けていません。。

いろいろ忙しかったこと、娘の一番苦手な季節を綱渡りしていること、

などなど時間も気持も余裕のない日々。

でも、元気にやっているので大丈夫です!

 

うちは障害のある娘を抱えているので、

外から見てもなんとなく大変なんだろうな、、、と想像されやすいけれど、

どこの家庭でも悩みがあり、笑っている顔の陰には涙あり、、でしょう。

そして、外からはわからない苦労もたくさんあり、

実はその分と同じだけの幸せもある。

幸せの方は心の持ちようというか、考え方次第という面もある。

いつも思うのは、足元の小さな幸せに気が付きたいな、、、ということ。

 

12月の始め、秋に伐採した庭の木々の足元を見たら、

一枚の葉っぱが紅葉してすっくと立っているのをたくさん発見。

お~~紅葉の赤ちゃんたち!!

たった1枚の葉しかない小さな若芽でも、

「私は紅葉」と主張している。

というか、ただそう在る。

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人間には気が付かれないうちに、ヘリコプターのついた種たちは庭に落ちて土にもぐり目を覚まし、

小さな命は人知れず成長していた。

今年は雨の多い夏だったら、小さな種も定着しやすかったのかもしれない。

初めて見た光景に感動して、夫に「見て見て!」と声をかけた。

 

うちの娘はそれはそれは手がかかりますが、

その分かけがえがなく、可愛くて仕方ない。

先日の24歳のお誕生日の日は体調が良く一日満面の笑顔で、

それを見るだけで私も幸せでした。

うちの娘の笑顔が世界で一番美しいと思っている親ばかです。

親は子供の笑顔が見れるだけで幸せになる生き物だと思う。

 

そういえばちょっと前、うちの母に

「今度浜松に30年ぶりに第九を弾きに行く。

もう一度オケで弾くのは私の夢で叶って嬉しい」という話しを電話でしたところ、

翌朝は何度も自分のことのように嬉しそうにその話をしていたと

義妹からメッセージが入った。

いくつになっても、親は親のままなんだな、、、とこれも胸が熱くなった。

祖母たちは孫娘のことを心配してくれているために、

ボケることもできません。

いいのか悪いのか。。ごめんね。

 

そんなこんなで悲喜こもごもの毎日。

このところ気温差が少なめなので発作が続くことはないけれども、

一発パンチを浴びるようなタイプの発作がたまにあり、

立っている時にそれが起きるとバタンと倒れてしまって、

即骨折につながりかねない。

ということで要注意は続いています。

 

今週二日お休みして家で養生。

今日は一日気圧が下がりっぱなしの要注意の日。

48時間気圧が下がり続け、最後は台風並みの995hPaになるらしい(+_+)

低気圧が4つも日本の周りにあり、天気図の左下には台風29号。

娘にとってリスクが大きいので、用心するに越したことはない。

そういう日は私も穏やかに過ごす。

娘の隣に居ると、時間は穏やかに流れて行く。

 

それはもしかしたらあくせくしている私への恵みかもしれないと思うことがある。

昔、あまりにも疲れると娘が喘息で入院することになり、

その時不謹慎にも「ああこれで休める、、、」と思ったものでした。

病院の付き添いは大した仕事もなく娘の傍に居るだけで良く、楽。

寝返り打てない細い簡易ベッドでの付き添いでも。

 

クリスマスも終わり、一気に年末年始の忙しさに向かう。

我が家はまだ年賀状にも着手できておらず、

大掃除も全くやっていない。

今これをやらなければ!と自分で決めていたこともあと一息で終わる。

 

年末はクリスマスを片付け、お正月の料理を簡単に作って、

お正月は練習と4月のコンサートのチラシ作りしようと目論んでいる。

優先順位を付けると、こうなってしまう。

大掃除はそのうちね(^^

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~何もしていないそのままの雑木林のような庭も、

日の光のもとではスポットライトを浴びる舞台のように思える。

どんな場所も、太陽のもとに光をいただくと輝くことを。~

 

 

クリスマスは、今年も無事にこの季節を迎えられたね♪

良かったね♪という感謝のお祝いであり、

お正月は新しい年を新鮮な気持ちで始める大きな区切り。

両方欲張るのは大変だけれど、

それができる健康があるのは有難いのだと気が付く。

 

浜松から帰って来て、

それまでテンポが上がらなかったクロイツェルを一気にテンポアップして、

自分のお尻を叩いていたら、

頭がそれに慣れて来てようやく本番テンポが見えて来た。

後はそのPresto テンポに入りきれない個所をとことん練習する。

分析練習のための楽譜のコピーも2部準備。

まずは頭を整理しなきゃ。

 

そして楽譜をよく読んで、音を自分の中で鳴らし続けて考え、

細かい表情をもう一歩探り当て、

全体の構成を考えて行く。

何とかなるかな?どうかな?

なにしろ大曲なので、心してかからねば!なのです。

 

今頭の中ではいつでもクロイツェルが流れる状態になっている。

ここまで来れば、実際に楽器を持たずとも頭の中で練習できる。

ここから一気に成長できる。

いつもここまで来るのに苦労する。

それを「スイッチが入る」といつも言うのだけれど、

日頃の介護、主婦業その他雑用をやっている脳と、

音楽をする脳は全く別で、

それを切り替えるのが大変な私。

 

一旦スイッチが入って「夢中」という状態になりさえすれば、

頭の中に景色が現れストーリーが見えて、

自分の中で作品が立ち上がってくる。

後はそれを自分の身体を使って音にする練習をするだけ。

さらに「本番スイッチ」が入り傷つくことも恐れない本気モードに入ると、

本当に傷だらけになるけれど、

冷静に自分の全体を見る視点も持ちながら、

この大曲に挑みたいと思います。

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年明けのブログは、1月最初の本番の話しから。

少なくとも10日までには本番に向けて何か書きたいと思います。

またブログに来てね♪

 

ぜひ、117日(金)1030開演のつくば朝のサロンコンサート、

いらしてくださいね!!!

ベートーヴェン生誕250年の記念の年の幕開け。

気合入れて張り切って演奏します!

 

それでは、よいお年をお迎えくださいm(__)m

 

2019 1226

2019年12月17日 (火)

玉手箱を開ける

 

この土日、浜松まで第九を弾きに行って参りました。

なんと、30年ぶり!!

私が九州交響楽団を退団した最後の演奏会が、ちょうど30年前の12月の第九演奏会。

この巡り合わせに心が震えないわけがない!

(今日のブログは今までで最長です。久しぶりのブログなので許してね ^^♪)

 

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実は、私のささやかな夢の一つは、

もう一度プロオーケストラの舞台で演奏すること。

でも、要介護5の娘のお世話があって、

しかも彼女は重いてんかん患者で気が抜けない毎日。

オケ仕事なんて、私の生活では無理。

 

そして、弾きたいと思っても、オケのエキストラはどこも定メンバー、

あるいは若い優秀な人が呼ばれる。

結婚して関東に来てからはほとんどオーケストラの仕事をしなかった私に、そんなつてはない。

これは諦めていた夢でした。

 

ところが、11月のある日、コンサートマスターを務めている友人からメッセージが入る。

121415浜松で第九があるんだけれど、一人ヴァイオリンが足りなくて探してます。泊まり仕事だから難しいでしょうか?」というもの。

驚きました!

そして胸が最高に高鳴った!!

 

でも、手を上げて喜ぶだけのドキドキではなく、

今の私にできるのだろうか?という不安を伴った複雑なドキドキ感。

その朝は練習していても落ち着かず、

彼も忙しいだろうからさっさと結論を出そうと考える。

私の中では不安よりもやりたい気持ちが勝っていることを感じ

決める。

 

その前に、娘のお守で留守番してもらわないといけない夫にも

承諾してもらえるかのショートメールを送るものの届かず、

でもきっと「いいよ」と言ってくれるだろうと思い、

コンマス氏に「お引き受けしたいです」の返信を送る。

 

その返信の中に

「実は、もう一度オケで弾くことは私のささやかな夢でね。

なんか、泣きそう、、。」ってつい書いてしまったら、

即電話までくれました!

優しい~~。(涙)

 

そのコンマス氏とは、大阪交響楽団と浜松フィルハーモニー交響楽団の

二つのトップに座る森下幸路氏。

大学時代の仲間という感覚なので、親しく森下くんと呼んでいるけれど、

地位も名誉も得てどんなに偉くなっても、

学生時代と全く変わらない。

いや、昔以上に優しく思いやりに満ち、そして人の面倒見が良い。

今回の2日間で話をしたメンバーの方何人からも「森下さんのお陰で」

という言葉を聞いた、本当に人望の厚い人。

 

音楽にはその人が現れるというけれど、

彼の音は無類の美しさで夢のような世界を届けてくれます。

森下氏のフランクの第1、第4楽章は、私もこう弾けたら!と願う理想の世界。

そんな彼に誘ってもらえて嬉しくて、森下くんのもとでの、このオーケストラでの仕事を待ちわびていました。

 

しかも、指揮は矢崎彦太郎先生。

私の今年の主催コンサートで解説をしてくださったご恩に対する感謝も込めて

演奏できるよう頑張りたい。

つまり、言うことなしのオケ再デビューの舞台が突然現れたのでした!

 

 

しかし、楽譜がネットで配られたのは練習の10日前。

まあその前にIMSLPでパート譜は入手してみてはいましたが、

ボウイング(弓使い)が書かれているちゃんとした楽譜をプリントできてからが、

本格的な準備練習開始。

 

第九はオケに居た時にもっともよく弾いた曲の一つ。

一番弾いたのはドヴォルザークの「新世界」で、

こちらは完全に暗譜してしまったのに対して、

第九は暗譜するほどは弾いてない。

けれども、弾いてみたらかなり覚えていました。

ただ30年ぶりでは、難しい個所はさすがに弾けない。

速いパッセージは要練習。

しかもそこは、本当に難しい。

第九は名曲であり難曲なのです。

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~私が座った4プルト目からの眺め。大きなホールで弾けること自体も喜び♪~

 

 

そして、1曲目のブラームス「大学祝典序曲」の1stヴァイオリンは、

ピッコロと同じ音域を駆け巡る高難易度の曲。

どうしたら安全に安定して音程を取れるかを考えて、

二つのはしご(E線とA線をという意味)を行ったり来たりしながら、

尺取り虫のように上って行くフィンガリングを考案して何とかはまるようになり、

あとはその特殊な指使いを覚えられるかどうか?がポイント。

それもドキドキ。

このところ記憶力が悪くて~~。。

 

でも日が近づくにつれて、第九の方が気になって来る。

ゆっくり目ならなんてことなくても、

テンポを上げたら弾けなくなる難所がある。

この演奏会は、どんなテンポなのか?

 

一応パート譜に書かれているテンポ表示の通りにメトロノームで練習してみるけれど、

これはかなり遅め。

そして私が持っているCD コンヴィチュニー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の1959年~1961年の古い録音は、さらに遅い。

きっともっと速い可能性の方が高いと思いつつも、

聴いているものに耳が慣れて落ち着いてしまった。

 

 

14日(土)、830のバスに乗って家を出発し新幹線に乗って、

浜松には1130到着。

お昼はもちろん、鰻!

しっかり腹ごしらえ♪

 

浜松駅前のアクトシティのステージには1230前には到着。

ここは2200名以上収容する大ホール。

なのにとっくにチケットは完売していると聞く!

この演奏会はアクトシティ浜松25周年記念イベントの、最後を飾る大事なコンサート。

合唱団の方々は、7月から26回もの練習を重ねてこの日に備えていらっしゃる。

皆さんの期待とエネルギーが充満している演奏会。

 

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リハーサルは土曜日の一日のみ。

13151800がオケ練習。

19002100合唱合わせの長時間リハーサル。

私 体力持つかしら、、?も心配の種。

 

日頃の私は1830までで練習は終わって、

その後は夕食の支度、娘のお風呂、その後ようやくメールの返信

と夜は楽器を触る暇はない。

いつも一日の練習時間もそんなには取れない。

リハーサルでへたばってしまわないか?もすごく気になっていました。

が、意外に元気、元気♪

以前よりも脱力できて疲れなくなっている自分を発見。

 

しかし、緊張しました、、、。

ホールに入る時からなんだか胃の辺りがちょっとキュッとした感じがある。

大学卒業後初めて、九響のリハーサルに行った日を鮮やかに思い出す。

 

ステージに入って森下君と再会のハグ。

お隣の席の薫子さんに初めましてのご挨拶の後、

薫子さんは桐朋の同窓生で同じく九州の出身、

そして昔の先生が私の九響時代のコンマス松村英夫氏だったというから、その奇遇さにも驚く。

ご縁って不思議ですね~。

そんなこともあって、彼女とは親しく楽しく一緒に音楽ができて本当に有難かった。

 

ウオーミングアップを経て、

いよいよまずはブラームスのリハーサル開始。

管楽器の音色と弦楽器の五度が重なり合うチューニングの音だけでも、懐かしい~♪

 

 

しかし、テンポが速かったのでした!!

キャー、準備してきたものよりもずっと!

焦りまくってむしろ走ってしまい、1回目は崩壊。。。

ああ~~~私邪魔してしまった!

ごめんなさい(>_<)

 

そして、ステージには188名の大合唱団とソリストが並ぶので、

オーケストラは完全にステージからセリ出ている。

つまり反響版の外にいるために、超デッド!!

うわ~ヴァイオリン群の音程が気になる~~!

 

いつも一緒に弾いている者同士なら音程感覚は近くとも、

どの奏者も自分の好みの音程というものがあり、

ユニゾンで弾いていても微妙に違う音程の塊が

ますます緊張を誘う。

 

ヴァイオリンだけでなく、全てのパートがデッドな音響で聴こえて来て、

日頃聴こえないパートが聴こえたり、

まず耳が慣れない。

オタオタしているうちに1曲目終了。

 

休憩の後の第九のリハーサル。

これまた速い!!

キャー!私が知っている中での最速かも?

このテンポで弾く準備はできていなかった、、、、と深く反省。。

とにかく、リハーサルの日は久しぶりのための緊張、

デッドな環境での聞こえ方に慣れないこと、

速いテンポに圧倒され、落ち込みまくりました。

この日は、「ああ私はもうオケでは通用しない、、」そんな気分。(>_<)

 

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しかし、休憩の楽屋は和気あいあいとしており、

誰もスマホなどいじらず楽しい会話が弾む。

浜フィルは、浜松出身、在住の浜松ゆかりのプロ演奏家が登録する

年に数回の演奏会を行うNPO。

たまに仲間に会って嬉しいという温かい雰囲気がある。

 

基本、音楽に集う人は気持ちが良い。

そりゃ、悩みや妬みや人と比較して落胆するとかがないわけではない。

 けれども、本番は作曲家が長い時間をかけて、

自分の想いと考えを音符にして組み立てた尊いものを

ただ一瞬にかけて皆で心を合わせて演奏する。

その瞬間、奏者は音楽の力で浄化されている。といつも思う。

 

 

1日しかないリハーサルはさっさと終わっってしまい、

余った時間はステージに残ってひたすら個人練習。

たまたま私の横隣り一列 1st 4名残って練習していたので、

心強い。

お隣の薫子さんとは一緒に弾いてもらって、安心感を得る。

一人で弾いては弾けても、誰かと弾くとうまくいかなくなることもある。

そこでブラームスの最後の1Pで、私はリズムを勘違いしていた個所があることを発見。

だから今さっき弾けなくなったんだ、、、とわかる。

 

閉館2100ぎりぎりまで練習し、

浜フィルが取ってくれたホテルに向かう。

親切な薫子さんがホテルまで案内してくださった。

途中ファミマでちょっと豪華なスイーツを自分へのお疲れさま用に買う。

 

ホテルには無料のカフェがあり、買って来た和栗のモンブラン♪をカモミールティーと共に楽しむ。

加湿器も貸してもらえて、

簡単な朝食(多種類のプチパン、ゆで卵、バナナ、飲むヨーグルト、野菜ジュース、牛乳、ホットドリンク等)もついて、

なんと宿泊代¥2000らしい!

有り得ない安さ!

浜松ってどうなってるの? 

 

23時には眠りについて、いつものように538には目が覚める。

私は夜が苦手で、朝はなぜか早く目が覚める。

さっさと練習開始したいところだけれど、

他の宿泊客の睡眠の邪魔になっては、、、と

とりあえずまだベッドでごろごろ。

今日は朝ごはんも作らなくていいんだものね。

 

そういうことで、頭の中で練習。

気になる個所はミニチュアスコアを確認。

音楽と自分のことだけ考えていていい贅沢な二日間。

朝食後、小さな音でウオーミングアップだけ済ませて、チェックアウト。

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~泊まったホテル~

 

9時過ぎにはホールに到着。

金管打楽器の人はいるけれど、

弦楽器一番乗りでステージで練習開始。

ヴァイオリンの人って遠慮するのか恥ずかしいのか、

舞台袖の暗い所で練習する方も多い。

でも私はもう老眼で見えない!

 

それに昔からステージに一人残って練習するのは慣れているから、

誰かに聴かれるとか全く気にならない。

とにかく、せっかく森下くんに誘ってもらったのだから、

しっかり仕事して帰らなきゃ!の一心。

そう。まずは迷惑をかけずに弾く。

その先に貢献できる演奏をする。

私の夢なんて個人的なことはそのまた次。

 

 

GPは落ち着き目のテンポで安心して弾けて、

これも早く終わったので、また最後の練習。

結局13時ぎりぎりまでステージに居ました。

バタバタとコンビニでお昼ご飯を買って食べて、

14時 いざ本番!

舞台袖で弾いてみて、ブラームスの要所は暗譜している自分を確認。

よし大丈夫。

この不安な世の中、だからこそ会場のお客様の幸せを祈って演奏したい!と願う。

 

本番はオケも自分も一番良い出来だったと思う。

さすがプロの本番の集中力。

音も良かったし、乱れも最小限。

会場の響きに慣れ、弦楽器の音程もバスに乗せて揃った。

短いリハーサルで頑張った私たち。

矢崎先生のご指導のもと、森下氏中心に心をあわせ、

超満員のお客様に「喜びの歌」を届けられたのではないかと思います。

矢崎先生の、始終音楽への愛と喜びに満ちた表情と明確なサインはとても楽しく、

先生の元で演奏させていただけて幸せでした。

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ブラームスは1stヴァイオリンにとって難曲ながらもエネルギーの高い楽しい曲で、

1週間後にもう1度弾きたい、そうしたら完璧に!などと思ってしまう。

最後の方で1か所外してしまって悔しい。。

 

ベートーヴェンの第九、

1楽章の始まりの2ndの刻みは、

宇宙の始まりは命の始まりは一つの素粒子の振動からであった、、、と

ベートーヴェンが語っているように思え、

1stの引っ掛けるリズムの小さなモチーフの二つの音は、小さな星々のように輝き、

フルオーケストラのFになった時に

大きなメッセージが語られることを思いながら弾いていました。

ベートーヴェンって本当に偉大な人!

あの日は、第1、第2楽章のどちらも、

宇宙の彼方の出来事にいる感じがした。

これから大いなる世界からのメッセージが告げられるのだと。

 

3楽章は、ベートーヴェンが歩いた森の世界。

人の世界。

愛する地球、緑の美しい地球に私たちはに足を下ろす。

散歩が好きで日課にして森を歩き回ったベートーヴェンは、

自然の中からたくさんのインスピレーションを得たと言う。

旋律ではない合いの手の短いモチーフを弾いている時、

ああここは風のそよぎのようだ、頬を撫でる優しい風の、と思ったり。

ホルンのソロも美しかった。

心から奏でる森下氏の後姿に音楽への限りない愛を感じ、

しみじみ誘ってくれてありがとう、、、と思った。

 

4楽章。

チェロとバスの静かに始まるテーマは、Pなのに縮こまることなく、

本当に小さなささやくような音なのにとても密度が高く、

心の中にある本当の歌が生まれていくように感じた。

 

1stで主題を受け継ぐ個所、

美しい空気が流れてくる中、女性の声で静かに爽やかに

沁みとおるように歌うのだと思って弾いていた。

まだ人々は気が付いていないけれど、

暁の空が白々としてきて、喜びの歌は静かにあまねくこの世に浸透していく。

私はオーケストラでこのテーマが次々と語られていく場面がしみじみと好き。

その後は力強く、ベートーヴェンの人類愛のメッセージの中に居ることができたといういうのが、

私が本番を弾きながら自分の中で感じていたこと。

心の中にあった感覚や浮かんだイメージ等を言葉に変換するとこうなる。

 

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~アクトシティロビーのクリスマスツリー~

 

 

1日目、自分に落胆したリハーサル。

でもその後、周りの方たちと自主的に残って練習した

無言の責任感、連帯感にもお互いに温かく支えあい、

本番はやるだけのことはやったの思いで帰途に就くことができた。

近くの若い方から

「森さんの呼吸とても自然だった。頼りにしてました!」

と言っていただけ、

何人もの方から「またぜひ来てください!」との言葉に ホッ。(^^

浜フィル、温かいオケです♪

 

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~帰りの浜松駅での今流行りのストリートピアノで、一人自分を慰めるようにピアノを弾くサラリーマン。

音楽はみんなのもの~

 

 

あまりに久しぶりに開けた玉手箱からは、

一瞬老化した自分(いや、青い私?)にも出会ったけれど、

時間を経るにつれて感覚が戻り、何とか本番に間に合った。

 

この場所では何が聞えてくるのか?

その先に、

今何を聴かなければならないのか?

指揮者の意図と意思は?

コンサートマスターの感覚と考えは?

他のパートは何を語る?

それ察知し、その上でそこに自分の音を乗せるという

オーケストラで弾くことの基本と面白さを改めて体験。

 

瞬時に判断してアンサンブルするスリルと興奮に

脳はフル回転で反応。

オケで弾いているとボケることはない。(笑)

オーケストラはとてつもなく面白い!

いつも弾いている方にとってはごく当たり前のことなのでしょうが、

こうして浦島太郎のように竜宮城から帰って来て、

もう一度乗ってみる者に見える景色は

とてつもなく尊く美しかった。

私はやっぱり、オーケストラが大好き!

 

そして、20代の頃に九響に在籍していたことが、

自分の音楽の礎になっていることを改めて感じた。

特に、今は亡きコンマス松村さんの呼吸や弓使いをいつも見て吸収しようとした努めたこと。

いつもニコニコされていた美しい音の松村さんの後姿から学んだことは、

私の中に未だ生きていることも、

時を超えて教えてもらい、

感謝が込み上げてきた。

 

 

音楽は演奏する人の心が届けるもの。

帰りの新幹線の中で交わした森下氏からのメッセージ

「変わらぬ友情に感謝」は、こちらの気持ちです。

彼からは、大変な娘を抱えている私を思いやってくれる数々の優しいまなざしをいただき、

私も多忙を極める彼の健康をいつも祈る。

 

いつか、守谷にその温かい素晴らしい音を、

あなたの音楽と人柄との本当の実力で巡り合ったストラディバリウスで奏でに来てね!

本当にありがとう!!

 

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